第二十話


「母さん、ちょっと散歩してくるね!」
「ジョーイ…?随分早起きね」
「まあね。じゃあちょっと行ってくる」
 ジョーイはまだベッドの中にいる母親にそう声をかけるとコテージを飛び出す。朝まだ早いこの時間、空気は冷たく澄んで気持ちよかった。
 つい最近九才になったばかりのジョーイは、夏休みを利用して母親と一緒に湖の畔のコテージに泊まりにきていた。普段は寝坊のジョーイだったがここへ来てからはすっかり早起きが習慣になっている。漸く明けたばかりの空の下、朝露の残る草を踏みしめて林の中を歩いたり鳥の囀りを聞いたりするのは、街中で暮らすジョーイにとって新鮮でとても楽しかった。
 今日も目覚まし代わりの朝の陽射しがシェードを縮めた天窓から射し込むのとほぼ同時に目を覚まして、ジョーイは朝の散歩に出た。途中まだ市中では見かけない開き始めた薄の穂を見つけて折り取ると、それを手に軽い足取りで歩いていく。昨日の朝はこの辺りにウサギがいたなと下生えの中を覗き込んだ時、ザザザと草が鳴る音がした。
「またウサギ?」
 今日も会えるなんてツイテる。ジョーイがそう思った時、ピョンと飛び出してきたものがジョーイに飛びついた。
「ろーいっ!」
「うわッ?」
 いきなり抱きつかれてジョーイはびっくりして尻餅をつく。目の前の長い耳がピクリと動いたと思うと、抱きついてきた相手が顔を上げた。
「お前……」
 金髪に空色の瞳の男の子はどこかで見た気がする。ジョーイがそう思った時、まん丸に見開いた空色の瞳に涙が盛り上がったと思うと、男の子はポロポロと泣き出してしまった。
「えっ?あ、あのっ」
「ろーい〜っ」
 ぺたんと地面に座り込んで泣き出す男の子にジョーイは慌ててしまう。オロオロと辺りを見回して、自分が持っている物を見ると手にした薄を男の子の目の前に差し出した。
「ほら、綺麗だろう?金色でお前の頭にちょっと似てるなっ」
 そう言って薄をふさふさと揺すれば男の子は目を丸くしてジョーイを見る。泣き止んだかなと思ったのも束の間、男の子はまた泣き出した。
「ろーい〜……」
 ヒクッとしゃくりあげながら泣くの男の子を困り果てて見ていたジョーイは、彼をどこで見たかを思い出して目を見開いた。
「そっか、お前、来る時駅で会った……」
 汽車に乗ろうとして鉢合わせた男の子。確か男と一緒だったと思い出して、ジョーイは男の子に言った。
「もしかして迷子になったのか?ローイってのはあの時一緒にいた男の人?」
 そう尋ねたが男の子は答えない。代わりに涙に濡れた瞳でじっと見つめられて、ジョーイはなんだか恥ずかしくなって目を逸らした。
「あ〜、えっと……」
 ジョーイはうろうろとあちこち見回してから視線を男の子に戻す。また泣きそうに口を歪めている男の子にジョーイは慌てて言った。
「あのさっ、俺、ジョーイって言うんだ。お前は?」
「……ろーい」
「いや、ローイじゃなくてジョーイ。お前の名前は――――」
「ろーいっ」
 名前を尋ねている最中に男の子は立ち上がると、また下生えを掻き分けて行ってしまう。ジョーイは慌ててその子の後を追いかけた。
「ろーいっ!」
 泣きながら駆ける男の子の腕を追いついたジョーイが掴む。びっくりしたように振り向く男の子にジョーイは言った。
「あのっ、あのさ!俺が探してやるから!そのローイって人、探してやる!」
 そう言えば男の子はびっくりしたようにジョーイを見る。尋ねるように男の子が首を傾げるのに合わせて揺れるウサギの耳のカチューシャを見つめて、ジョーイはニッと笑った。
「ローイを見つけてやる。ほら、これやるから、もう泣くな」
 そう言って手にした薄を差し出すと、男の子は花束を持っていない方の手で受け取る。
「……ろーい」
「だからー、ローイじゃなくて俺はジョーイ――――ま、いっか」
 ジョーイは苦笑すると男の子の涙を手のひらで拭いてやった。
「よし、じゃあローイを探しに行くぞ!」
 そう言って手を差し出せば、男の子は少し考えて花束と薄を一つに纏めて持つと空いた方の手を差し出した。ニコッと笑う男の子の手を取ってジョーイは元気よく歩き出した。


2012/09/11


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