はぼっくの日


「じゃあハボック、ちょっと出かけてくるからいい子でお留守番していてくれ」
 そう言って金色の髪をくしゃりとかき混ぜるロイをハボックはほんの少し不服そうに見上げる。本当は一人で留守番するのは大嫌いだったから玄関に向かうロイの後についていき、振り向いたその顔をじっと見つめた。
「ろーい」
「頼むよ、ハボック。いい子だから」
 ロイはそう言ってもう一度ハボックの髪をかき混ぜる。今回はどうしても連れていってくれそうにないと、ハボックは肩を落としてため息をついた。
「ろい」
「すぐ帰ってくるからな」
 それだけ言ってロイは出かけていってしまう。ハボックはパタンと閉じた扉を唇を突き出して見つめていたが、少しするとすごすごとリビングに戻りぽすんとソファーに倒れ込んだ。
「ろーい……」
 以前に比べて随分と一緒に外へ連れていってくれるようになったロイだったが、やはりどこかでハボックを他人とふれあわせる事に警戒する節がある。それがかつての悲しい記憶と結びついていると判っていれば、ちょっぴりは我慢しなくちゃいけないのかなぁと思った。それでも。
「ろーいっ」
 やっぱりロイと一緒に行きたい。一人で留守番なんてつまんないと、ハボックはガバッとソファーから飛び起きる。リビングを出て中庭へ出たハボックは、ハーフパンツのポケットから小さな天使の飾りを取り出した。
「ろーい」
 これはかつてハボックがお気に入りだった天使の時計についていた飾りだ。正時ごとにくるくると回って時を告げていた薄い金属で出来た天使は、今ではハボックの依代となっている。これを持って出ればどこだって行けるのにと、ハボックが金色の天使を空にかざした時。
「カアッ」
 一声鳴き声が聞こえたと思うと、黒い影がサッとハボックの前をよぎる。大きなカラスはハボックの手から天使を奪い取ると、そのまま空に向かって舞い上がった。
「ろーいッッ!!」
 びっくりしたハボックが慌てて手を伸ばしたが、カラスはあっと言う間に空に舞い上がってしまう。それと同時に天使の依代に引っ張られるようにハボックの体が宙に浮かんだ。
「ろいっ、ろぉいッ!」
 ふわりと体が浮いてハボックはじたばたと宙を掻く。カラスが空高く舞い上がるにつれハボックの体もどんどん空に向かって上がっていった。
「ろいっ」
 上空は思いの外風が強い。手足を広げて宙に浮かび上がったハボックは、強い風に金髪を乱されながら尻尾で必死にバランスをとろうとした。
「ろ、ろいっ」
 だが、軽い体は簡単に風に煽られ上手くバランスをとれない。仕方なしにハボックはポンと黒い毛糸玉に姿を変えた。毛糸玉はふよふよと宙を漂って盗人のカラスに追いつく。ハボックはカラスの頭に乗ると高い空から地上を見下ろして形のない目を見開いた。
 空から見た地上はまるで絵本の一ページのようだ。家々の屋根や公園の緑、流れる川が銀色にキラキラと光るのを見て、ハボックは楽しくなってカラスの頭の上で跳ねた。そうすればカラスが「カア」と不満げに鳴いて、地上に向かって降りていく。段々と近づいていく景色の中、毛糸玉は大好きなロイの姿を見つけた。
「ろいッ!」
 その途端、ハボックはカラスの頭の上でポンと子供の姿になる。突然子供に頭の上に乗っかられて、カラスは「カーッ」と驚きの声を上げた。
「ろいッ!ろぉいッ!」
 ハボックはカラスの頭を小さな拳でポカポカと叩く。カラスはカアカアと鳴きながら通りを歩く人々の頭上をくるくると旋回した。
 「なんだ?」と顔を上げて空を見る人々の中にロイの黒曜石を見つけて、ハボックはカラスの羽を引っ張る。バランスを崩して驚いたカラスは、掴んでいた天使の飾りを放り出した。
「ろーいッ!」
「ハボックッ?」
 落ちる天使を追うようにハボックがパッとカラスから飛び降りる。そうして驚きに見開く黒曜石目指して両手を広げて落ちていった。
「ハボック!」
 ふんわりと落ちてきた小さな体をロイがしっかりと受け止める。その足下、カチンと音を立てて天使の飾りが地面に落ちた。
「ハボック、いったいどうしてっ?」
「ろぉいっ」
 しがみついてくるハボックを抱き締めたロイは驚いて頭上を見上げる。そうして逃げていくカラスを見遣り、それから足下に落ちた飾りを拾い上げた。
「カラスの仕業か」
「ろいっ」
 ホッと息を吐くロイにハボックはしがみつく。そして間近からその黒曜石を見つめるとチュッと大好きな瞳にキスをした。
「ハボック……怖くなかったのか?」
 ニコニコと嬉しそうに笑うハボックにロイは呆れて尋ねる。
「ろいっ、ろーいっ、ろぉいい」
 聞かれてハボックが身振り手振りで空からの景色を伝えれば、やがてクスクスと笑い出すロイにハボックはもう一度ギュッと抱きついた。


2015/08/09


→ 第六十一話