第三十一章


「よう、ロイ」
 チャイムの音に扉を開ければ見たくもない髭面が満面の笑みを浮かべて立っていて、ロイは無言のまま扉を閉めようとする。それをいつものように足で阻んで、ヒューズは隙間から差し込んだ手でガシッと扉を掴んだ。
「いい加減素直に迎え入れたらどうよ」
「お前なんぞ迎え入れる扉はない」
 ロイは冷たく言い捨てて扉を閉めようとする。だが、腰にしがみついてきた手にクイクイと引っ張られて、ロイは下に向けた視線を困ったように細めた。
「ろーい」
 甘えるように小首を傾げるハボックをロイはじっと見つめる。真っ直ぐに見返してくる空色にロイは大きなため息をついた。それと同時に手を離した扉から嬉々として入ってくるヒューズを横目で見ながら、ロイは思い切り舌打ちして言った。
「お前、最近ヒューズに甘いぞ」
「ヤキモチか?ロイ」
 眉を顰めて言えばニヤニヤと笑ったヒューズに途端に返されて、ロイはヒューズを睨みつける。「いやーん、こわーい」と気持ち悪い猫なで声でハボックにしがみつくヒューズの頭を拳固で殴って、ロイはフンと鼻を鳴らした。
「で?」
 喋るのも勿体無いと言うように短くロイが尋ねる。そうすればヒューズが抱えていた紙袋に殴られた頭をわざとらしくさすっていた手を突っ込んで、ガサガサと音を立てて中から何やら取り出した。
「これよ、これ。グレイシアの実家からいっぱい送ってきたから持ってきた」
 そう言ってヒューズが取り出したのは大きなサツマイモだった。
「ほら、ハボックちゃん、立派なサツマイモだろっ?」
「折角だがハボックはものを食わんぞ」
 ロイがそう言えばヒューズが泣きそうな情けない顔でロイを見る。
「そんな顔をされたってそうなんだから仕方ないだろう?」
 まるで苛めているような気になってロイが言い訳がましく言うと、ヒューズがズイとロイに迫った。
「ならお前でいい。ロイ、庭で焼き芋作って食おう」
「はあ?なんで私が?」
「焚き火で焼き芋作って見せたらハボックちゃんが喜ぶ。喜ぶところ、見たいだろ?」
 痛いところを突かれてロイはウッと言葉に詰まる。ヒューズはロイの背中をグイグイと押しながらハボックを見た。
「ハボックちゃん、庭で焼き芋しよう!焚き火でサツマイモ焼くんだ、楽しいよ」
 誘われてハボックがパッと顔を輝かせる。そんな顔をされてはロイとしてももう「やらない」とは言えず、背中を押すヒューズを振り返って言った。
「先に庭に出て落ち葉を集めておいてくれ。準備してくるから」
「判った」
 漸くやる気になったロイに頷くと、ヒューズはハボックの手を引いて庭に出て行く。二人を見送ってロイはキッチンに行くとアルミホイルやら新聞紙やら必要なものを取り出した。それを手に庭に出るとヒューズ達が焚き火をするための落ち葉を集めている。小さな腕に落ち葉を抱えてせっせと運ぶハボックを見れば、ロイの顔に笑みが浮かんだ。
「ハボック、芋を包むからおいで」
「えーッ、ハボックちゃんは落ち葉運ぶのを手伝ってくれてんのよ」
「やかましい、お前一人でやれ」
 ロイはヒドイだのズルイだの喚くヒューズを放ってハボックを手招く。呼ばれて近寄ってきたハボックと一緒に地面に座り込むとサツマイモに手を伸ばした。
「ほら、こうやって濡らした新聞紙に芋をくるんでその上から更にアルミホイルで包むんだ」
 ロイはそう言いながらくるくるとサツマイモを包む。それを見たハボックは小さな手で大きなサツマイモを掴むと、地面に広げた新聞紙にくるんだ。更にそれをホイルで包んでギュッギュッと押さえる。出来上がった包みを見てパアッと顔を輝かせ、ロイに見せた。
「ろーい」
「ああ、上手に出来たな」
 ロイは笑って頷くと隙間からちょっとだけ顔を出したサツマイモをホイルを伸ばして隠してやった。そうやって二人でサツマイモを包んでいると、落ち葉を集め終えたヒューズがやってくる。残りのサツマイモを包むのを二人に任せて、ロイは立ち上がると集めた落ち葉に火をつけた。
「ろーいー」
「煙いぞ、ロイ」
 火をつけたばかりの時は煙ばかり吐き出す焚き火にハボックとヒューズがゲホゲホと咳き込んで苦情を言う。
「喧しい、芋を焼きたきゃ我慢しろ」
 だが、ロイが一番効果的な言葉で二人を黙らせるとやがて焚き火は落ち葉の奥に熱い熾きを蓄え始めた。
「そろそろいいぞ」
「よし、入れるぞ、ハボックちゃん」
 ロイの声に二人が芋を手にいそいそと寄ってくる。赤く燃える焚き火の奥に包んだ芋を押し込んだ。
「さあて、後は焼けるのを待つばかり」
 ヒューズはハボックを見てニカッと笑う。枯れ枝で時折芋を返して、正面ばかり当たっていると腹が熱くなるので自分達も焚き火に当たる面を返しながら、三人は焼き芋が出来るのを今か今かと待った。
「ハボック、尻尾を焦がさんようにな」
 お尻を焚き火で炙っているハボックにロイが言う。言われて慌てて尻尾を見るハボックにヒューズが笑って言った。
「そろそろいいんじゃねえ?」
「そうだな」
 ロイは頷いて枯れ枝でサツマイモの包みを引っ張り出す。ブスリと先に包みごと刺すとヒューズに差し出した。
「ほら」
「剥いてくれねぇの?」
「甘ったれんな」
 一応聞いてみるものの冷たく返されて、ヒューズは仕方なしに芋を枝から抜き取る。「アチィッ!!」と手の上でポンポンと芋を跳ね上げればハボックが一緒になって跳ねた。
「遊んでる訳じゃねえのよ、ハボックちゃん」
 眉尻を下げてヒューズが言えばハボックがキョトンとする。ヒューズはアチアチと騒ぎながらも包みを剥がし、出てきたサツマイモを真ん中から二つに折った。
「おおお」
 折れた箇所から黄金色の断面を覗かせるサツマイモにヒューズは目を輝かせる。アツアツの湯気を上げるそれにかぶりつけば、しっとりホクホクした芋の自然な甘みが口いっぱいに広がった。
「旨いっ」
「本当か?半分寄越せ」
 旨そうなヒューズの様子にロイはヒューズが持つ芋に手を伸ばす。だが、ヒューズはその手をペシッとはたき落として言った。
「自分で剥けよ、ロイ。熱いの苦労して剥いたんだから」
「ケチ」
「ケチでいいもーん、ああ、旨い」
 そう言って旨そうに食べるヒューズを恨めしげに睨んだものの、旨そうな湯気を上げるサツマイモを見ればロイも我慢してはいられなくなる。焚き火の中から芋を取り出すと熱さをこらえて包みを開いた。
「……旨い」
 黄金色のそれにかぶりつけば広がる甘みにロイは目を見張る。混じり気のない賛美にヒューズが満足そうに頷いた。
「そうだろう?感謝して食えよ、ロイ」
「別に芋が旨いのはお前の手柄じゃないだろう?」
 ロイはそう言ってもう一口芋をかじる。すると不思議そうに見上げてくる空色に気づいて、ロイはハボックの鼻先にサツマイモを差し出した。
「甘くていい香りがするだろう?時間をかけてゆっくり焼くとこうなるんだ」
 ロイに言われてハボックは黄金色のサツマイモからのぼる香りをクンクンと嗅ぐ。そうしてにっこりと笑うハボックの金色の頭をロイはポンポンと叩いた。
「ハボックちゃんも食べられたらなぁ」
「仕方ないさ。それにこれだけでハボックは十分満足してるみたいだ」
 サツマイモを頬張りながら残念そうに言うヒューズにロイは言う。ハボックは焚き火の奥を枯れ枝でつついたり、尻尾を焚き火で温めたりと、彼なりの方法で楽しんでいるようだった。
「そうかな……そうだったら嬉しいけど」
 ロイの言葉にヒューズがホッとしたように言う。その後暫く、黙々とサツマイモを食べる事に専念していた二人の間に。
 プ〜。
 何やら音が響いて、ロイとヒューズは顔を見合わせた。
「イヤだなぁ、ロイ君ってば。いくら気の置けない友人の前だからって」
 ププッと吹き出してヒューズが言えばロイが途端に目を吊り上げた。
「私じゃないぞッ、人のせいにするなッ!」
「えっ?俺だってしてないぞッ」
 言われてヒューズも言い返す。そんなヒューズに、ロイはフフンと小馬鹿にしたような笑みを浮かべて言った。
「お前は昔っからそうやって誤魔化すのが上手かったな」
「よく言うぜ!そりゃお前の事だろっ」
 やったのはお前だと言い合ううち、側に丸めて置いてあった新聞紙やらホイルやらを二人は投げつけ始める。子供のようにムキになって投げ合っていると、一際大きく“プ〜ッ!”と音が響いてハボックがロイの袖を引いた。
「ハボック?……え?」
 引っ張られて見下ろせば、ハボックが葉っぱを口に当てている。葉っぱに向かって息を吹き出せば唇に押し当てた葉っぱが震えてプ〜と音をたてた。
「草笛……」
 そう呟いてロイはヒューズと顔を見合わせる。やれやれと座り込んで二人は苦笑した。
「久しぶりに童心に返った気がする」
「そうだな」
 そう言って笑いあうと、ヒューズが言った。
「今白状すれば勘弁してやるぜ?」
「まだ言うか」
 ニヤニヤと笑う髭面をロイが思い切り引っ張ればヒューズが大袈裟な悲鳴を上げる。学生の頃に帰ったようにじゃれ合う二人の上を、ハボックの草笛の音が鳴り渡った。


2011/11/18


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