俺様な皇帝と恥ずかしがり屋の騎士の話9


「やっと終わった……」
 バタリと机に突っ伏してロイは呟く。昼間サボりまくったせいで溜まりに溜まった書類の今日中の決済を鬼より怖い副官に命じられたロイは、日にちが変わる寸前どうにかこうにか最後の一枚にサインをし終えたところだった。
「まったく……どうして私がこんな目に」
 と呟いてロイはため息をつく。どうしてもなにも全て自分がサボっていたからなのだが、ロイの頭にはそんな考えなど欠片もなく、書類を大量に回した部署にブツブツと悪態をつきながら身を起こした。
「帰るとするか」
 とにかくも言われたことを終えたのだ、これ以上ここにいる事もない。
「明日は今日働いた分休ませて貰わんと」
 結局懲りても反省もしていない言葉を吐いてロイが帰ろうと立ち上がった時、ドカドカと廊下を走る音がしたと思うと少しして執務室の扉が乱暴に開いた。
「ヒューズ」
 本来ならここにいる筈がない男の姿にロイが目を丸くする。
「お前、どうしてここに」
 と、当然の質問を口にするロイにズカズカと歩み寄ったヒューズは、ダンッと机に手をついてロイの顔を睨みつけた。
「少尉はどこだ?」
「少尉って……お前もしかしてあの電話の後セントラルから来たのか?よく来られたな」
「緊急の捜査だと言って列車を止めて、車で追いかけて乗った」
 驚くロイにヒューズは低い声で説明する。
「おい、それは職権乱用じゃ――――」
「少尉はどこだっ?」
 呆れて言いかけたロイの言葉を遮ったヒューズがズイと顔を近づけて言えば、ムッと口を噤んだロイが言った。
「やはりお前がハボックを苛めたのか、よくも私の大事な部下を泣かせたな」
「泣いてた?おい、少尉はどこにいるんだっ?」
 ハボックが泣いていたと聞いてヒューズが目を吊り上げてロイの襟首を掴む。いつもは飄々とした友人の思いがけない姿に、毒気を抜かれてロイはまじまじと間近に迫るヒューズの顔を見た。
「ハボックならとっくに帰ったぞ。私があげたチョコを持って」
 と言ってからロイはハタと思い出す。
「そうだ、ヒューズ、あのチョコ買って返せ。折角の限定品、最後の一箱だったのをハボックにやったんだ」
「とっくに帰った?でもアパートにはいなかったぞ」
 言った言葉を綺麗にスルーされてロイはムッとしたものの未だに襟首を掴んでいるヒューズの手を振り払って言った。
「知るか。苛めっこのお前に女性を紹介して貰うより自分で探した方がいいって思ったんじゃないのか。今頃アイツ好みのボインで可愛い子とよろしくやってるんだろう」
 ロイが乱れた襟元を直しながらそう言えば、ヒューズが常盤色の目を見開く。そのまま何も言わずに執務室を飛び出していくヒューズの背にロイは慌てて声を上げた。
「おいっ、ヒューズ!これ以上私の部下を苛めたらただでは――――」
 だが言い終わらぬうちにドカドカと走り去ってしまったのを見て、ロイはため息をつく。
「まったく一体なんだっていう――――、あ」
 やれやれと言いかけた言葉を飲み込んでロイはハッと顔を上げた。
「チョコ……っ!くそっ、後で請求書送ってやるッ!」
 ロイはもう誰もいない扉の向こうに向かってそう怒鳴ったのだった。


2012/08/13