俺様な皇帝と恥ずかしがり屋の騎士の話8


 司令室を飛び出したハボックは階段を駆け上がり屋上へと出る。広い屋上をゆっくりと横切り歩み寄った手摺りに凭れかかるとハアと深いため息を零した。
「サイテー」
 八つ当たりなのはよく判っている。ヒューズとの行為は同意の上で強制されての事ではないのだ。勿論声を聞かれるのが恥ずかしいからと訴えるハボックを面白がったヒューズがわざと声を上げさせたりする事はあったが、それでも結局それを赦しているのはハボック自身だ。
「でも、あんな事……ッ」
 声を聞かれただけでも恥ずかしいのにオカズにされた上あまつさえ。
『ヤらしてくんない?一回でいいからさ。アンタだってそんなヤらしい躯してんだ。一人じゃ足りねぇだろ?』
 男の言葉が脳裏に蘇ってハボックは唇を噛む。恥ずかしくて悔しくて、ヒューズに当たりでもしなければやっていられなかった。
「ぶん殴っちまった……」
 力一杯男の顔を殴ってしまった。
「訴えられたら大佐の部下でいられなくなっちゃうかな」
 こんな理由で配置換えなどあまりに情けなさすぎる。ハボックはくしゃくしゃと顔を歪めると、手摺りを掴む手の甲に目元を擦り付けた。


「まったく一体なんだと言うんだ」
 山積みの書類を前にしたロイは、机に頬杖をついてぼやく。朝から様子がおかしかったハボックは飛び出したきり戻ってこないし、電話をかけてきたヒューズはロイの鼓膜が破けんばかりの勢いで電話をたたき切ったきり連絡がない。
「くそう、気になって集中出来ん。仕事が進まんのはアイツらのせいだな」
 己のサボリ癖を他人のせいにして、溜め込んだ菓子を食べようと引き出しを開けた時、ノックの音と共に扉が開いた。
「ハボック」
 開いた扉の側に佇む背の高い姿を認めてロイが呼びかける。キュッと唇を噛んで俯いていたハボックは顔を上げてロイを見た。
「その……さっきはすんませんでした」
 そう言って頭を下げるハボックをロイはじっと見つめる。引き出しの中からチョコの箱を取り出すとハボックに差し出した。
「食うか?」
「え?」
「疲れた時や頭が回転しない時は糖分をとるのが一番だ」
 ニッと笑って言うロイをハボックは目を見開いて見つめる。「ほら」とロイがチョコの箱を振るのを見て手を伸ばした。一瞬躊躇うように指先を引っ込めてからチョコを一粒取って口に放り込んだ。
「旨いだろう?この夏限定のチョコだ」
 そう言って笑うロイにハボックはもぐもぐと口を動かして頷く。何も言わないハボックを見つめてロイが言った。
「ヒューズに何か言われたか?」
「なんも言われてないっス!!」
 反射的に声を張り上げてしまって、ハボックは唇を噛む。ロイはそんなハボックを見つめていたが、やがて肩を竦めて言った。
「ならいいが、何かあったら言え。私が燃やしてやるから」
「…………はい」
 小さな声で答えて頭を下げ執務室を出て行こうとすれば呼び止めるロイの声がする。振り向いた途端飛んできたチョコの箱を受け止めたハボックにロイが言った。
「大サービスだ、持っていけ」
 ニヤリと笑うロイを目を見開いて見つめたハボックはもう一度頭を下げて執務室を出て行く。その背を見送ってロイはやれやれとため息をついた。
「最後の一箱だったのに……。ヒューズめ、後で請求してやるッ」
 ロイはそう呟くとキャンディを取り出し口に放り込んだ。


2012/07/29