| 俺様な皇帝と恥ずかしがり屋の騎士の話7 |
| 「あ」 玄関の扉を開けて外へ出ようとしたハボックは、丁度同じように廊下に出てきた隣の男と目が合う。慌てて目を逸らしそそくさと行き過ぎようとして、背後からかかった声に仕方なしに足を止めた。 「こんちは」 「……ども」 挨拶されれば返さない訳にはいかず、ハボックは首を竦めるようにして会釈する。そうすれば男はハボックの事を頭のてっぺんから爪先までジロジロと見た。 「俺さあ、男の喘ぎ声ってのがあんなに色っぽいって知らなかったよ」 「えっ?」 「時々来るあの髭の男が相手なんだろ?一体どんな事されてあんな下半身にクるような声出してんの?」 「ッッ!!」 あからさまにそう尋ねられてハボックは絶句する。真っ赤に染まった顔を背けるように男に背を向け足早に階段に向かって歩けば、男が後からついてきた。 「なあ、どんなプレイしてんの?この間の夜はまたすっげぇ激しかったみたいだよな。俺、思わずアンタの声オカズにしちゃったよ」 そんな風に言われれば羞恥のあまり息が止まりそうになる。「なあ」と肩を掴まれて、ハボックは男の手を思い切り振り払った。 「煩いッ!」 そう怒鳴って羞恥に涙ぐんだ目で睨みつければ男が目を見開く。それからニヤリと笑って言った。 「ふぅん、そんな顔してヤられてるんだ。そりゃあ、あの男も煽られるってもんだよな」 男はそう言ってズイと顔をハボックに寄せる。 「あのさぁ、イヤラシい声ばっか聞かされてこっちもいい加減堪んないんだよね。近所迷惑っての?だからさぁ責任とって欲しいんだけど」 「せ、責任っ?」 近所迷惑などと言われれば反論のしようがなくハボックは男を見つめる。男はハボックの空色の瞳を間近に覗き込んで言った。 「ヤらしてくんない?一回でいいからさ。女じゃないから失敗してデキちまう心配もないし、アンタだってそんなヤらしい躯してんだ。一人じゃ足りねぇだろ?」 男の言葉を聞く内にハボックの瞳が大きく見開いていく。男はハボックが何も答えないのをいいことに、手を伸ばしてハボックの頬を撫でた。 「なあ」 間近に迫る男の顔が下卑た笑いを浮かべた瞬間、ハボックの拳が男の顔にめり込む。 「ッッ!!」 渾身の力で殴り飛ばされた男の体がアパートの廊下を吹っ飛んでゴロゴロと転がっていったが、男がどうなったか、ハボックは確かめる事もせず階段を駆け下り司令部へと走っていった。 「ハボック、お前、本当に仕事する気ないだろう」 ベッタリと机に懐いている部下の金色の頭に向かってロイが言う。だが、聞こえている筈なのに顔を上げようともしないハボックにロイは眉を顰めた。 「おい、ハボック、お前な、そう言う態度は――――」 「ほっといて下さい」 ムッとして言いかけた言葉を遮られて、ロイは目を瞠る。どうやら何かあったらしいと、ロイが首を傾げて尋ねようとした時、開けっ放しの執務室の扉の向こうで電話のベルがなった。 「チッ」 舌打ちしてロイは執務室に入る。机の上の電話に手を伸ばし、煩く鳴り響く受話器を取り上げた。 「はい」 『ああ、ロイ?俺だけど』 「俺なんて名前の知り合いはいないな」 受話器を耳に押し当てた途端聞こえてきた陽気な声に、ロイは眉を顰めて答える。相変わらず机に突っ伏したままのハボックを見ながら続けた。 「くだらない話なら切るぞ。今立て込んでいる」 『なんだよ、テロリストからラブレターでも届いたか?』 からかうように尋ねるヒューズにロイはため息混じりに答えた。 「それならよかったんだがな、ハボックの様子が変だ」 『――――少尉の?変って?』 聞かれてロイは首を傾げる。 「よく判らんがかなり落ち込んでる。意中の相手に余程こっぴどくフラれでもしたかな」 理由を聞こうとしたところの電話で本当の理由は判らないまま、ロイはこれまでの経験からそう推察して口にする。だが、受話器からは何も反応が返ってこず、ロイは不思議そうに相手の名を呼んだ。 「ヒューズ?」 『――――あ。ああ、すまん』 さっきまでの陽気さが影を潜めたヒューズの声を訝しんでロイが口を開く前に、ヒューズが言った。 『ロイ、少尉と代わってくれないか?』 「ハボックと?どうして?」 『いや、こっぴどくフラれたってんなら今度セントラルの美女を紹介してやろうと思ってさ』 「なるほど」 ロイは答えてハボックを見る。 「私からはこの間紹介してやったが上手くいかなかったし、どうもイーストシティの女性とは相性がよくないようだからな。それもいいかもしれん」 ロイはヒューズの提案に頷くと「待ってろ」と言って受話器を机に置く。大部屋のハボックの側に歩み寄ると声を掛けた。 「ハボック、おい」 そう呼んでもハボックは顔を上げない。仕方なしに肩を揺すればハボックがむずがるようにロイの手を払いのけた。 「ほっといてくれって言ったっしょ!」 「電話だ、ヒューズから」 ロイが言えばハボックの肩が震える。 「中佐から……?」 「ああ、お前がフラれたらしいと言ったら代わってくれってな」 そう聞いてハボックがむくりと起き上がる。泣きはらしたように目元を紅く染めたハボックの顔に、一瞬ドキリとしながらロイは言った。 「セントラルの美女を紹介してくれるそうだぞ」 ニコニコと笑みを浮かべるロイをじっと見つめたハボックは無言のまま立ち上がる。執務室に入ると受話器を取り上げ耳に押し当てた。 「ハボックっス」 『少尉っ?どうした、ロイがお前の様子が変だと言ってたが、何かあったのか?』 そう聞かれて、だがハボックは答えない。暫くの沈黙の後、ヒューズが心配そうにハボックを呼んだ。 『……ジャン?どうしたんだ、まさか本当に女にフラれた訳じゃ――――』 「中佐」 話す声を遮ってハボックはヒューズを呼ぶ。『なんだ?』と返ってくる声を聞けばハボックの手がブルブルと震えた。 「――――嫌いっス」 『え?』 「中佐なんて大っ嫌いっス!!」 ハボックは受話器に向かってそう怒鳴ると思い切り机に叩きつける。そのまま執務室を飛び出したハボックが大部屋を駆け抜けて部屋の外へと出ていけば、ロイがびっくりして目を見開いた。 「ハボックっ?おい、一体どうしたっ?!」 何が何だか判らないままロイは執務室に戻り投げ出された受話器を取り上げる。 「ヒューズ?貴様、うちの部下になにを言ったんだっ?事と次第によっては――――うわッ!」 怒鳴りかけたロイは、いきなり叩ききられた電話が立てた耳障りな音に顔を顰める。 「一体全体なんだって言うんだ」 思いもしない展開に、ロイは耳を押さえて呟いたのだった。 2012/07/23 |