俺様な皇帝と恥ずかしがり屋の騎士の話3


「────ック、ハボック!」
「はっ、はいッ!」
 ペンを手にしたまま机の上の書類をぼーっと眺めていたハボックは、自分を呼んでいる声に気づいて慌てて答える。背筋をピンッと伸ばし目をまん丸に見開いて声のした方を見れば、ロイが眉間に皺を寄せて見下ろしていた。
「目を開けたまま寝てたのか?何度も呼んだんだぞ」
「すっ、すんません」
 呆れたように言われてハボックは首を竦める。ロイはそんなハボックを見てため息を一つついて言った。
「コーヒーをくれないか?怒鳴りすぎて喉が乾いた」
 長ったらしい会議を終えたばかりのロイがうんざりした顔でそう言う。執務室に入っていく背に返事を返して立ち上がろうとしたハボックは、あらぬところから走った痛みに腰を上げかけた体勢で硬直してしまった。
「い……ッ」
(った〜〜〜〜ッッ!!)
 声を出して痛いとも言えず、ハボックは上げかけた悲鳴の続きを心の中で上げる。そろそろと腰を上げてなんとか立ち上がると、ホッと息をついた。給湯室に行きコーヒーをセットする。コポコポとコーヒーが落ちるのを待ちながらやれやれと壁に背を預けた。
「まったくもう、いくら久しぶりだからって」
 セントラルとイーストシティに離れて暮らすヒューズとハボックは、なかなかゆっくり一緒に過ごす時間がとれない。普段会いたい気持ちを押さえていることもあって、会えばついつい濃厚な時間を過ごしてしまうのが常だった。自分も求めているのだから文句ばかりも言えないが、それでも受け入れる身としては翌日の負担が大きいのは否めない。
「今日演習なくてよかった……」
 ハアとため息をつきながら、ハボックは出来上がったコーヒーをカップに注ぐ。ついでに自分の分も用意するとトレイに載せ、ロイが待つ執務室に向かった。
「大佐ぁ、コーヒー持ってきた────あ」
「よっ」
 おざなりなノックをして執務室の扉を開けたハボックは、ヒューズと目が会って言いかけた言葉を飲み込む。いつの間に執務室に来ていたのか、ヒューズの分のコーヒーを淹れてこなかったと思いながらハボックがロイの前にカップを置けば、ヒューズがさっさとトレイに残ったカップを取り上げた。
「それ、オレの」
「いいじゃねぇか、ケチケチすんなよ、少尉」
 思わず眉を寄せて文句を言うハボックに、ヒューズがニヤリと笑ってカップに口をつける。そんなヒューズに、やはりコーヒーのカップに口をつけながらロイが言った。
「まったく、来るなら来ると連絡くらい入れろ、ヒューズ。私にだって都合があるんだ」
「別にいいじゃねぇか。俺が来たら来たでいい言い訳になるだろ?」
「それじゃあまるで私がサボる口実を探しているみたいじゃないか」
 ヒューズの言葉にロイが眉間に皺を寄せる。それでもあながち違うとも言えず、ロイはズズッとコーヒーを啜ってため息を吐いた。
「そうだ、ハボック。アンナとはその後どうだ?」
「えっ?」
 ふと思い出したというようにロイがハボックに言う。コーヒーのカップを両手で包み込んで、ロイは言葉を続けた。
「あの後二人で飲みに出かけたんだってな、アンナから聞いたぞ」
「えっ?や、その話は……ッ」
 楽しげに言うロイにハボックが慌てて答える。ロイの言葉をなんとか遮ろうと、ハボックがトレイを抱き締めてわたわたすれば、背後から低い声が聞こえた。
「アンナって?」
 地を這うような声にハボックが硬直する。振り向くことも出来ずそのまま固まっているハボックに代わって、ロイが答えた。
「この間女友達との食事の席までハボックに送り届けて貰ったんだが、その時ハボックを見たアンナに紹介してくれと言われてね。ハボック好みのボインだったので紹介してやったんだ」
「へぇ?」
 ニコニコと楽しそうに説明するロイにヒューズが相槌を打つ。
「彼女は気立てもいいし美人だし、なによりボインでお前の好みにピッタリだろう?紹介した手前、どうなったかと気になってたんだが、夕べアンナから電話があってね。二人で飲みに出掛けてとても楽しかったと言っていたよ」
 よかったなと笑って、私に感謝したまえなどとロイが言ったが、ハボックは正直それに答えるどころではなかった。背後からヒューズの突き刺さるような視線を感じれば、どっと嫌な汗が噴き出してくる。とりあえずこれ以上なにかロイが言い出す前にここから逃げようと、ハボックが「ちょっと仕事が」などともごもご言い訳をしながら執務室の扉に手を伸ばせば、背後から声が聞こえた。
「なかなか彼女が出来ないと嘆いていた少尉に彼女か、そりゃあ目出度いな」
「ッッ」
 妙に陽気な声にノブに手をかけたまま凍り付いたハボックの側に、ヒューズがゆっくりと近づいてくる。背後からハボックの顔を覗き込むようにして、ヒューズが言った。
「お祝いに奢ってやるからさ、是非話を聞かせてくれよ」
 なあ、少尉、とにっこり笑って囁かれて、ハボックは今すぐどこかに出張したいと本気で思うのだった。


2012/06/20