俺様な皇帝と恥ずかしがり屋の騎士の話15


「アンタ、いつまでこっちにいる気です?」
 朝の陽射しが降り注ぐ司令部の廊下を足早に歩きながらハボックが言う。長いコンパスで勢いよく歩くハボックに遅れず並んで歩きながらヒューズが答えた。
「なに?まだ帰らないでくれって?」
「逆っスよ。いい加減帰んないと大尉に怒られんじゃ…――――あ、大佐!おはようございます!」
 言いかけた言葉をそのままに、ハボックは丁度見えたロイの背中に向かって声をかけると一直線に駆け寄っていく。振り向いたロイが笑みを浮かべて部下が近づいてくるのを待ち、ピンピンと跳ねたハボックの髪を手櫛でとかしてやれば、ハボックが擽ったそうに首を竦めた。
「おはよう、ハボック。凄い寝癖だな」
「えーっ、これ、セットしてるんスよ?」
「そうなのか?シャワーを浴びてタオルで拭いた後でもあまり変わらん気がするがな」
「ひでぇっ」
 ロイの言葉にハボックが情けなく眉を下げる。そんなハボックに軽く笑ったロイは、ゆっくりとした歩調で近づいてきたヒューズを見た。
「なんだ、お前。まだセントラルに帰ってなかったのか」
「なんだよ、俺がいたら悪いみたいな言い方だな、ロイ」
「別に悪いことはないが、お前のところにもうちと負けず劣らず怖い副官がいるだろう?」
 ヒューズがどこか剣呑な口調で言ったが、それに気づいているのかいないのか、ロイはまるで気にした風もなく返す。司令室の扉を開けて中に入ると、声をかけてくる部下たちに答えながら執務室へと入っていった。
「コーヒー淹れてこよう」
 ロイの背を見送ったハボックがそう呟いて踵を返すと入ったばかりの司令室から出て行く。数分で戻ってきたハボックはコーヒーのカップが乗ったトレイを手にしていた。
「大佐、コーヒーどうぞ」
 ノックをした手でそのまま扉を開けて入ってきたハボックが、ニッコリと笑ってロイの前にコーヒーを置く。それに笑みで答えると、ロイはカップに手を伸ばし口を付けた。
「お前が淹れたコーヒーが一番旨いな」
「そうっスか?」
 言われてエヘヘと照れたように笑うハボックをロイはチョイチョイと指先で招く。そうすれば「なんだ?」と顔を寄せたハボックはロイにクシャクシャと頭を撫でられ、嬉しそうに笑った。
「おい、少尉。俺にコーヒーは?」
 その時不意に声が聞こえてハボックは窓の方を振り向く。そうすれば明らかに不機嫌な表情を浮かべたヒューズと目が合った。
「アンタは家で飲んできたっしょ」
「ロイだって飲んできたかもしれんだろうが」
「飲んでないっスよ、またギリギリまで寝てたっしょ?大佐」
 そう言われてロイが目を見張る。
「よく判ったな」
「大佐からコーヒーの匂いしないから」
 ハボックがそう言ってクンと鼻を鳴らすのを見てヒューズの眉間の皺が深まったが、ロイはそれに気づかなかったようで、笑いながら言った。
「私の犬は優秀だな」
 それを聞いたハボックが嬉しそうに笑いヒューズがムッと唇を歪めた時、リンと電話のベルが鳴る。手を伸ばして受話器を取ったロイは電話の相手に頷くとヒューズに差し出した。
「ほら、大尉からだ」
「さっさと帰ってこいって催促っスよ」
 二人からニヤニヤと笑って言われ、ヒューズは唇を歪めて受話器をひったくる。
「なんだよッ!」
『なんだじゃありませんよ、中佐。いい加減にしてください、さっさと帰って――――』
「まだ帰らんッ!俺はこっちでやることがあるんだッ!!」
 ヒューズは相手の言葉を遮って怒鳴ると叩きつけるように電話を切った。
「おい、いいのか?本当にいい加減帰らないと――――」
「煩いッ!なぁにが“私の犬”だッ!俺はっ、俺は……ちきしょおおおッッッ!!」
 髭面を歪ませて喚いたヒューズがドタバタと走り去るのをロイとハボックは呆気にとられた顔で見送る。
「なんスか?あれ」
「さあな、よっぽど大尉にきつく言われたんじゃないのか?」
 「ほっとけ」と言うロイに「はぁ」と気のない返事を返して、ハボックは演習へと出かけていった。


2013/06/27