俺様な皇帝と恥ずかしがり屋の騎士の話11


「うわッ」
 ドンッと部屋の中に突き飛ばされてハボックはたたらを踏む。玄関の扉を締め、カチリと鍵をかける男を肩越しに振り向いてハボックは言った。
「何考えてんスかっ!ダガーで脅した上あんな思い切り殴るなんて……ッ!」
「あの野郎の頬が腫れてたのはお前が殴ったからじゃねぇのか?」
 低い声でそう問われてハボックは押し黙る。答える代わりに目を逸らすハボックの腕をヒューズはガシッと掴んだ。
「中佐っ?」
 そのままハボックの体を引きずるようにして奥へと入っていく。寝室の扉を開き、ハボックをドンッと突き飛ばした。
「ッ!」
 ベッドの上に倒れ込んだハボックは慌てて身を起こす。パチンと寝室の灯りを点けてゆっくりと中に入ってくる男を微かに震えながら見上げた。
「今までどこで誰と何をしてた?」
「アンタに関係ねぇっしょ」
 部屋の外でしたのと同じ会話を繰り返して二人は睨み合う。
「オレがどこで誰となにしてようがオレの勝手っしょ!ほっといてくれよ」
「それ本気で言ってんのか?ジャン」
 そう言われてハボックは唇を噛み締めて目を逸らす。その横顔を睨んでヒューズは続けた。
「大嫌いって言われて放っておけるか?ロイが妙な事言ってやがったけど、まさかお前、本当に誰か他に……?」
 疑うつもりはなかったが、不意に込み上げた疑念にヒューズが目を細めて尋ねる。低く囁くその声にハボックは一瞬目を見開いて、それから吐き捨てるように言った。
「そう思うならそうかもしれないっスね。でも、だったらなんだって言うんです?」
「ジャン、お前……」
「もうなんだっていいっしょ、ほっといてくれよっ!とっとと出てけッ!」
 こんなのはただの八つ当たりだ、そんな事はよく判っている。だが、ヒューズを前にしてまであんな事を言われて、ハボックは情けないやら悔しいやらでどうしていいか判らなくなっていた。
「出ていけって言ってるのが判んないのかよッ」
 ハボックはヒューズを見ずに怒鳴る。その時影が差してハボックはハッとして顔を上げた。
「ここで“はい、そうですか”って言って引き下がる程お人好しじゃないんでな」
 そう囁くヒューズの顔は影になって表情が見えない。だがその顔の中で瞳だけが怒りをたたえて異様な光を放っているのが判った。
「口で説明出来ないって言うならその躯に聞いてやる。電話の意味も今までどこにいたのかもな」
 ヒューズの言葉が終わらないうちにハボックがベッドから飛び降りようとする。だが一瞬早くヒューズの手が伸びてハボックの腕を掴んだ。
「離せよッ!」
 ハボックはヒューズの手を振り払おうとするが男の手はハボックの腕をガッチリ掴んで離れない。振り払うどころかベッドに押さえ込まれて、ハボックは身を捩って暴れた。
「離せっつってんだよッ!」
「ジャン」
「離せよッ!ふざけやがって、ちきしょうッ!あんな……、あんな事よくもッ、アイツ……ッ!!」
「ジャン?」
 ボロボロと涙を流しながら叫ぶハボックの罵る相手がどうも自分ではないことにヒューズは気づく。押さえつける手を少し緩めて覆い被さるようにハボックを覗き込めば、ハボックは身を丸めるようにして手足を縮こまらせた。
「なんで……なんであんな事言われなきゃなんないんだよ……、好きな人に触られて……その声、ヤラシイだの下半身にクるだの、知らねぇよ、そんな事ッ!」
「ジャン」
 押さえつけていた手を完全に離せば、ハボックは小さな子供のように手足を丸めて枕に顔を擦り付ける。
「ウッ……うーっ、うッうっ」
 涙に濡れた顔を枕に埋めて泣きじゃくるハボックを見下ろしていたヒューズは、笑みを浮かべて言った。
「ジャン、お前、俺んとこに来ねぇか?」
 そう言えばハボックがチラリとヒューズを見る。枕を抱き締めているハボックの目尻に溜まった涙を指先で拭ってやりながらヒューズが言った。
「前から考えてたんだ。ジャン、セントラルに来いよ。中央司令部に転属願い出してさ、俺んとこ来い」
 なにも好き好んで遠距離恋愛を続ける事もない。軍人であるならば東方司令部だろうが中央司令部だろうが、別にどちらだって構わない筈だった。
「なあ、ジャン。そうしろって。セントラルに来て俺と一緒に住んで――――」
「やだ」
 一番の解決策だと、すっかりいい気分になって話していたヒューズは、不意に短い言葉で遮られて口を噤む。無表情のままじっと見つめればハボックが繰り返した。
「やだ、行かないっス」
「――――なんでだよっ?」
 キッパリと拒絶されてヒューズはハボックの肩を乱暴に掴む。グイと引いてハボックの顔を正面から見つめて言った。
「なんでだ?別にセントラルで働こうがイーストシティで働こうが変わんないだろッ?俺んとこ来れば今回みたいな嫌な思いせずに済むだろうが!なんで行かないなんて――――」
「大佐が」
「え?ロイ?」
 唐突に出てきた名にヒューズは言いかけていた言葉を飲み込む。
「大佐がいないとこには行かないっス」
「ジャン」
「オレは大佐の狗だもん」
 そう言うハボックをヒューズは食い入るように見つめる。己がロイを上に押し上げる為には何事も厭わないのと同じように、ハボックもまたロイの為に何もかも捨ててついて行く覚悟なのはよく知っていた。
「――――クソッ!」
「中佐」
「俺は今、初めてロイに殺意を抱いたぞ」
 ハボックから顔を背けてそう言葉を吐き捨てると、ヒューズはハボックを見下ろす。相変わらず枕を抱き締めたまま見上げてくる空色はどこか幼くて、それだけに純粋に己の主人と決めた男にどこまでも付き従う狗である事を感じさせた。
「中――――、ッ?!」
 ヒューズは不意に身の内に湧き上がった嫉妬の焔に煽られて、ハボックに噛みつくように口づける。抱えた枕を奪って放り投げると、ハボックのシャツに手をかけた。
「中佐っ?――――やっ!」
 ビリビリとシャツを裂かれてハボックが悲鳴を上げる。逃れようとする躯に圧し掛かって、ヒューズはハボックの唇を乱暴に塞いだ。


2013/01/27