変化9〜少年


「ロイ兄!」
 ドタバタと階段を駆け上がる音が聞こえたと思うとバンッと物凄い勢いで扉が開く。それと同時に大声を上げて飛び込んできた小柄な姿に、ロイはため息をついてレポートを書いていた手を止めた。
「ジャン、家の中では静かに、扉はノックしてから開けろといつも言っているだろう」
 そう言って椅子を回転させて責めるように飛び込んできた少年を見る。だが、ハボックはそんなロイの視線など意に介せずに言った。
「ねぇ、河原のコスモス、凄い綺麗だって!トンボもいっぱい飛んでるって!」
 そう言ってハボックはロイの腕を掴んで引っ張る。
「一緒に見に行こう、ロイ兄!ね、いいっしょ?」
 顔を覗き込んで強請るハボックの空色の瞳にロイは一瞬流されそうになったが、やんわりとその手を振り解いて言った。
「残念だけど今日は無理。やらなくちゃいけないレポートがあるから」
 ロイはそう言うと机に向き直ってしまう。断られる事など全く考えてなかったハボックは一瞬ポカンとしたが、ハッと気を取り直してロイの腕を掴んだ。
「なんでーッ?!レポートなんて夜でも出来るじゃん!ねっ、一緒に行こう、ロイ兄!」
 そう言って腕を引っ張るハボックは十二歳、元気いっぱい遊びたい盛りだ。お向かいのロイの事を兄と慕ってじゃれついてくる様は仔犬のようで可愛らしかったが、生憎大学生のロイとしては勉学が忙しくそうそう構ってやることも出来なかった。
「だから言ったろう、今日は無理」
「じゃあ明日ならいいの?」
「明日も無理」
「じゃあいつならいいんスかっ?!」
 そう言って見つめてくる空色にロイは困ったように視線をさまよわせた。
「……来週」
 それを聞いてハボックは一瞬目を見開く。それから突き放すようにロイの腕を離すと大声で叫んだ。
「もういいッ!ロイ兄の馬鹿ッ!!」
 ハボックはそう叫ぶと入ってきた時と同様物凄い勢いで飛び出していってしまう。遠ざかる足音を聞きながらロイはため息をついた。
「仕方ないだろう、レポートが三つも重なってるんだから」
 計画的に進めてはきたものの最後はどうしてもおせおせになる。付き合ってやりたいのは山々だがそうも言っていられないというのが実情だった。
 ロイはペンを握り直すとレポートの続きを始める。だが、ものの十分もしない内に手にしたペンを放り出した。
「まったくもう」
 集中しようと思えば思うほどあの空色が頭に浮かんで離れない。ロイはため息をついて立ち上がると部屋を出て階段を下りていった。
 河原に着けばそこは辺り一面コスモスが揺れていた。晴れ渡った空をバックに咲くコスモスはそれは見事でハボックがロイと行きたがったのも頷ける。ハボックの姿を探してコスモスの間を縫って歩いていたロイは、色とりどりのコスモスの間に見えた金髪に目を細めた。ゆっくりと近づいていけば人の気配にコスモスの中に座り込んでいたハボックが振り向く。近づいてきたのがロイだと気づいたハボックの瞳が大きく見開かれた。
「見事なコスモスだな」
「……レポートはいいんスか?」
 話しかければふてくされたように答えるのにロイは笑みを浮かべた。
「いいんだ、考えてみれば私にとってジャンと見るコスモスの方がずっと大切なんだから」
 そう言ってにっこりと笑えばハボックが顔を赤らめて俯く。ハボックの隣に腰を下ろそうとしたロイはハボックの頭にトンボがとまっていることに気づいた。
「頭にトンボがとまってる」
「え?どこどこ?」
 ハボックは言って視線を上に向けてキョロキョロと見回す。
「そんな事したって頭の上は見えないよ―――あ、飛んだ」
 その仕草がおかしくて笑うロイの視線の先でトンボがふわりと飛び立った。
「ほら」
 ロイが指さす方を見ればトンボがコスモスの花を掠めながら飛んでいく。そうして晴れ渡った空に向かって高くたかく飛んでいくトンボを二人はずっと見送っていたのだった。


2010/09/18


お題9「少年」です。子ハボ〜〜vvうふふ(←相当好きらしい)どっかで似たような話を書いたな〜と思いつつ、やっぱりロイに遊んで欲しい仔犬ハボが好きv