変化5〜サラリーマン


「おい、ハボック」
「あ、はいっ、部長!」
 カチャリと個室の扉が開いて常務兼部長のヒューズが顔を出す。ハボックは呼ばれて慌てて立ち上がると、部長が手招きする部屋の中へと入った。
「お呼びっスか?部長」
 そう言って緊張した面もちで立つ部下をヒューズは見上げる。漸く研修期間を終えたばかりの新入社員であるハボックにヒューズは言った。
「あのさ、イースト・テクノロジーな、担当してた奴が鬱で辞めちまったんだわ。んで後お前に任すから」
「は?オレに任すって、オレがあの会社の担当って事っスか?」
 ヒューズが上げたのはここアメストリスでも指折りの大企業だ。当然出入りの業者も多く、その中でしのぎを削る為に担当はこの道何十年のベテランが当たることが常だった。
「むっ、無理っス!オレ、この間研修終わったばっかのぺーぺーっスよ?とんでもないことしでかして取り引き打ち切りになったらどうするんスかっ?」
 責任とれないっスよ!と喚くハボックにヒューズはニヤニヤと笑う。
「そんなのやってみなきゃ判らないだろ。とにかく今から挨拶に言ってこい。アポ取ってあるから」
「ええっ?!今から?!冗談っしょッ!」
 無理無理無理と顔の前で手を振るハボックをギロリと睨んでヒューズは言った。
「これは業務命令だ、ジャン・ハボック。今すぐイーストテクノロジーに挨拶に言ってこい。行かなきゃ首だ」
「〜〜〜ッッ!……はい、部長」
 ハボックは渋々と頷いて部屋を出て行く。
「さあて、どうなるかねぇ」
 その高い背を見送ってヒューズは笑みを浮かべて呟いたのだった。


「なんでオレなんかがあの大企業の担当に……」
 ハボックは通りを歩きながらハアアとため息をつく。男としていつかは大きな仕事を任されたいとは思っているが、僅か入社数ヶ月の身にはあの会社は荷が重すぎた。
「苦しい……」
 ハボックはそう呟いてネクタイを緩める。研修中は私服が許されていた為入社してからネクタイを締めたのは数える程しかなく、慣れないネクタイは苦しくて仕方なかった。
「ここだ」
 ハボックは足を止めて高いビルを見上げる。一つ息を吐いてネクタイを締め直すと自動ドアをくぐり受け付けに向かった。アポイントがある旨を告げ連絡をとってもらう。指示されたエレベーターで最上階に上がれば秘書と思しき女性が待っていた。
「ジャン・ハボックさんですね、こちらへどうぞ」
 金髪をきっちり結い上げた鳶色の瞳の女性が笑みを浮かべて言う。
(うわー、いかにも有能な秘書って感じ)
 案内されてついて歩きながらハボックは感心したように思った。
「社長、セントラルクラフト社のハボックさんがお見えです」
 社長室の扉を開けて告げる女性に促されてハボックは部屋の中に入る。部屋に置かれた立派なソファーには黒髪の若い男がふんぞり返って座っていた。
「え…っと…」
 部屋の中にいるのはこの男だけだ。社長と呼ぶには随分と若いとハボックは迷ったものの、男の前に立つと口を開いた。
「セントラルクラフト社のジャン・ハボックです。この度御社を担当させていだだく事になりご挨拶に伺いました」
 ハボックはそう言って名刺を差し出す。男は名刺を受け取るとハボックを上から下までジロジロと見つめた。
(う、わ…値踏みされてんのかな…居たたまれねぇ……)
 男の鋭い視線に何もかも見透かされてしまいそうで、ハボックは背中を汗が流れるのを感じる。もういい加減耐えられないとハボックが思い始めた頃、男がいきなり立ち上がったと思うとハボックの襟元に手を伸ばしてきた。
「え……?」
 ギクリと身を強ばらせるハボックのネクタイを軽く締め直して形を整える。ポンとネクタイを叩いて男は言った。
「初めの挨拶の時くらいしっかり鏡を覗いてから来た方がいい」
「あっ、す、すみませんッ!」
 ここへくる道中、緩めたネクタイを締め直したつもりがきちんと出来ていなかったらしい。顔を赤らめるハボックに男はクスリと笑って言った。
「まぁいい。私はロイ・マスタング、ここの社長だ。貴社との取り引きは全て私の直轄になっている。よろしく頼むよ」
「はっ、はいっ!よろしくお願いします!」
 ハボックは叫ぶように答えると差し出されたロイの手をギュッと握ったのだった。


「それでは失礼します」
 ハボックが深々と頭を下げて部屋を出て行くのを見送るとロイは受話器を取る。よく知った番号を回して相手が出るのを待った。カチャッと受話器があがる音を聞くと相手が何か言うのを待たずに口を開く。
「今回はまた随分毛色の違うのを寄越したな、ヒューズ」
『だってお前、幾らベテラン送り込んでも態度が気に入らないだの、要領が悪いだの難癖つけちゃ苛めて使い物にならなくすんだもん』
 おかげで優秀な人材をどれだけ失ったことか、とわざとらしく嘆く親友に苦笑してロイは言った。
「実際そうなんだから仕方ないだろう。それにお前、辞めさせたい人間をわざと私のところへ寄越してるだろう?」
 そう言われてヒューズが低く笑う。
『今度のは違うぜ。ちゃんと育ててやろうと思ってな。どうよ、マスタング社長から見た感触は?』
 その言葉にロイはハボックの空色の瞳を思い浮かべた。
「悪くない、第一印象はな」
『へぇ!お前にしちゃ珍しい。ってことは見込みありってことだ』
「第一印象はと言ったろう?まだまだこれから先はよく見ないと判らんな。だが楽しみは楽しみだ」
『そいつはよかった。まあ、お手柔らかに頼むぜ?』
 楽しげなロイの声にヒューズも楽しそうに答える。上司たちの思惑など、やっと一つ仕事を終えたとよろよろしながら帰社するハボックはまだ知る由もなかった。


2010/09/14


お題5「サラリーマン」です。四年サイトやってますけどサラリーマンってネタは書いたことがなかったなぁ。で、今回初めて書きましたけど、絶対無理だってことが判りました(苦笑)だって、サラリーマンの仕事なんて何書けばいいかさっぱり判んないんだもん。なので、なんだか続きものっぽい話になってしまいましたが、続きは絶対にあり得ませんから〜(苦笑)