変化2〜白衣


「ハボック、ここに私のファイルが置きっ放しになっていなかったか?」
 ガチャリと保健室の扉が開いたと思うと同時に聞こえた声に、ハボックは書類を書いていた手を止める。
「ああ、増田先生、持っていこうと思ってたとこっスよ」
 ハボックはそう言って机の上に置いてあったファイルを手に取った。立ちあがろうとする前に中に入ってきたロイが側に立ったかと思うと、ハボックの肩に手を置く。見上げてくる空色の瞳に微笑んでロイがそっと唇を合わせようとした時。
「ハボック先生っ、怪我ッ、怪我したッ!!」
 バンッと勢いよく扉が開いて一年生のエドワードが飛び込んでくる。エドワードは飛び込んできた勢いのままロイを突き飛ばして言った。
「サッカーの授業中に接触プレイでさ、思い切り相手にのし掛かられちゃって」
「どれ、見せてごらん」
 ハボックは突き飛ばされたロイの事を気にしつつも立ちあがるとエドワードをスツールに座らせた。
 ここ、アメストリス学園はイーストシティでも指折りの進学率を誇る男子校だ。このアメストリス学園でジャン・ハボックは保健室の養護教諭、ロイ増田は科学の教師として働いているのだった。
「怪我って……ああ、なんだ。擦りむいただけじゃないか」
「でも、すっげぇ痛いんだもん」
 エドワードは情けない声を上げて訴える。ハボックが消毒液に浸した脱脂綿で傷口を拭った途端、エドワードが大きな悲鳴を上げた。
「いってぇッッ!!センセ、いてぇよッ!!」
「えっ、ごめんっ!痛かったか?」
 大声で痛いと訴えるエドワードにハボックが慌てる。どうしようかとオロオロするハボックの手をエドワードが掴んで言った。
「こうやってさぁ、そうっとしてくれればいいんだよ。ね?センセ」
「あ、うん…そうっと、な…」
 間近で覗き込んでくる金目にハボックは頷いてエドワードに導かれるまま脱脂綿を傷口に当てる。
「そうそう、上手いぜ、センセ……」
 エドワードがそう囁きながら白衣の襟元から覗くハボックの首筋に唇を寄せようとすれば。
「その調子なら自分で手当て出来そうだな、エドワード・エルリック」
 その頃になって漸く立ち上がったロイが腰をさすりながら言う。エドワードの襟首をむんずと掴んでそのまま持ち上げればエドワードがジタバタと暴れた。
「なにすんだよッ!離せっ、このエロ教師ッ!」
「……教師に対する口の聞き方を知らんようだ。スペシャルクラスの生徒だからっと言って容赦はしないぞ」
 そう言って懐から発火布の手袋を取り出すロイの腕を、ハボックが慌てて掴む。
「ちょ……っ、なにしてるんスかっ、増田先生!」
「年長者に対する礼儀を知らん奴に教えてやるんだ」
「なーにが年長者だッ!ハボック先生の白衣姿に鼻の下伸ばしてるただのヘンタイのくせにッ!」
 ハボックがロイを止める隙に逃げ出したエドワードが怒鳴る。ロイはこめかみをピキピキさせてエドワードを睨んで言った。
「何を言うっ!そう言うお前こそハボックの白衣を隙あらば脱がそうとしているだろうがッ!このエロ餓鬼ッ!!」
「やるかっ?!前からその澄ましたツラに一発お見舞いしてやりたいと思ってたんだ!」
「それはこっちのセリフだ!何かと言えば私のハボックに色目を使いおって!」
「ちょっと、二人ともッ!やめて下さいよッ!!」
 バッと構えて睨みあう二人を止めようとハボックが叫ぶ。だがそんなハボックに構わず、ロイは発火布を嵌めた指を擦り合わせ、エドワードはパンッと合わせた両手を床についた。
「「くらえッッ!!」
「ワーッ!!」
 二人の錬金術が狭い保健室を駆け巡り、ハボックはそのとばっちりを受けないようにするだけで必死だ。それでも何とか二人を止めようとするハボックの腕を、扉の外から伸びた来た手が掴んで保健室の外へと引きずり出した。
「いいからあんな奴らほっておけ」
「ヒューズ先生!?でも、ほっといたら怪我するかもしれないし、保健室だってめちゃくちゃに……」
「あんなびっくり人間どもがそう簡単に怪我なんてするかよ。保健室壊したら責任とって錬金術で直させりゃいいんだ」
 ヒューズはそう言ってハボックの腕を引いて数学準備室と書かれた部屋に連れ込んでしまう。ドカンッ、バアンッと物凄い音が響いている保健室を気にして落ち着かないハボックを強引にソファに座らせてヒューズは言った。
「そんな事よりいい豆が入ったんだ。飲むだろう?」
「はあ…」
 そわそわと落ち着かないハボックににっこりと笑ってヒューズは手早くコーヒーを淹れる。カップを渡そうとして勢いよく動かしたそれからコーヒーの滴が散った。
「あっ、白衣がっ」
 パタタと零れたコーヒーがハボックの白衣に茶色い染みをつける。
「ああ、すまん。染みになったらいかん、洗ってやるから白衣をぬ―――」
「「ちょっと待ったーーーッッ!!」」
 ヒューズがハボックの白衣に手をかけた瞬間、ロイとエドワードが扉を蹴破るようにして飛び込んでくる。
「まったく油断も隙もあったもんじゃない!私のハボックに何をするつもりだッ?!ヒューズ!!」
「俺のセンセに汚い手でさわんじゃねぇッ!!」
「チッ、あと少しだったのに」
 ヒューズは思い切り舌を鳴らすと立ちあがって二人を睨んだ。
「てめぇら、俺の部屋で暴れたら承知しねぇぞ、とっとと出ていけ」
 そう言ってダガーを取り出すヒューズにロイが目を吊り上げる。
「その前にハボックを返してもらおう」
「そうだ、センセを返せッ」
「うるせぇ、ハボックの白衣を最初に脱がせるのは俺だッ!!」
「あの……三人とも……」
 三人は怒鳴りあってじりじりと間合いを測る。そんな三人に声をかけようとしたものの、まるで自分の存在など忘れたような様子にハボックがため息をつけば入口からちょいちょいと手招く指が見えた。
「あ」
 ハボックは三人を刺激しないようにそっと移動して扉の外へと出る。そうすれば国語科教諭のブレダがうんざりした顔で立っていた。
「すげぇ音がしてるから来てみりゃまたこれかよ」
「ブレダ」
 思い切り迷惑顔で言うブレダにハボックが眉を下げる。二人は気付かれないうちにとその場を離れた。
「まったく、毎日毎日教室壊しちゃ錬金術で修復しくさりやがって。おかげで俺の国語科準備室はめちゃくちゃだ」
 先日三人がブレダが担当する国語科の準備室で暴れたのだが、錬金術で修復されたそれは以前とは随分様変わりしていた。
「ごめん、ブレダ」
 うんざりとしたブレダの声にハボックが項垂れる。ブレダはハボックの金色の頭をくしゃりと掻き混ぜて言った。
「まあ、お前が悪いわけじゃないけどよ……。なあ、その白衣着るのやめれば?」
 どうやらハボックの白衣姿があの三人を刺激しているらしいのだから、ハボックがそれを着るのをやめればあの騒動も収まるのではないだろうか。だが、ハボックは白衣の襟元を掻き合わせて唇を尖らせた。
「ヤだよ。保健の先生って言ったらやっぱ白衣じゃん。オレまだ未熟だからさぁ、せめてカッコくらいちゃんとしてないと」
「じゃあせめて白衣の下にシャツを着ろ。奴らを刺激しまくりだ」
「なんで?暑いんだもん、別にいいじゃん」
 キョトンとするハボックには何が煩悩を刺激するかなどさっぱり判らないらしい。誰がハボックの白衣を最初に脱がせるのか、しょうもない争いにはまだ終わりが見えない事を察して、ブレダはゲンナリとため息をついたのだった。


2010/09/11


お題2「白衣」です。最初フツーに増田先生に白衣を着せようと思って、そうだ、これはハボック20変化だからハボックが着なきゃいけないんだと気づいた次第(笑)