変化20〜軍服(喪服)


「ああ、雨が降ってきたな……」
 ロイはそう言うと、軍帽の鍔をグイと下に引いた。


「ハボック」
 イーストシティ駅の改札を出たロイは、外灯の下、礼装に身を包んだハボックの姿を見つけて目を瞠る。ロイの声に近づいてくるハボックに、一緒にいたホークアイは“失礼します”と言って帰ってしまった。
「お前でもそんなもの持ってたんだな」
「そりゃまあ」
「どうしてそんな格好をしている?」
 ハボックが礼装をしている理由など、セントラルでヒューズの葬儀に参列してきたロイには嫌と言うほど判っている筈だ。それでも尚、そんな事を尋ねてくるロイに、ハボックは苦く笑って答えた。
「亡くしたものの大きさを感じているのは同じって事っスよ」
「知ったようなことを…ッ」
 ハボックの言葉にロイは吐き捨てるように言ってハボックを睨んでくる。その黒曜石の瞳に宿る深い哀しみにハボックは掌を握り締めて言った。
「送ります」
「いらん」
 ロイは即答でそう答えるとハボックの脇をすり抜け歩いていってしまう。何者をも拒むその背にハボックは一つため息をつくと、小走りに走ってロイの隣に並んだ。
「アンタを一人にするわけにはいきません」
「私もヒューズのように殺られるかもしれないと?」
 足を止めたロイはそう言ってハボックを睨む。怒りと哀しみと喪失感を宿す瞳にハボックは緩く首を振って言った。
「そんなんじゃないっス、ただオレが……今夜は一人になりたくないから」
 じっと見つめてくる空色の瞳を見返していたロイはフイと視線を逸らす。
「勝手にしろ」
「そうします」
 吐き捨てるように言って歩き出すロイを追ってハボックも歩きだした。夜の街に靴音だけを響かせ、言葉を交わすこともなく二人は歩いていく。ロイの家に辿り着けば、ロイが振り返って言った。
「ご苦労だったな、もう十分だろう、帰れ」
 そう言うとハボックの返事を待たずに背を向けてしまう。玄関の鍵を開けて中に入ったロイは、扉を閉めようとして、だが咄嗟にハボックが足を挟んできたせいで閉じることが出来なかった。
「おい…ッ」
「一人になりたくないって言ったっしょ?」
 ハボックはそう言って体をねじ込むようにして入ってきてしまう。ロイは射殺すような目つきでハボックを睨んでいたが、プイと顔を背けて言った。
「勝手にしろ」
「そうします」
 さっきと同じ言葉を交わして二人は奥へと入っていく。リビングに入ると、ロイは上着も脱がずに体を投げ出すようにしてドサリとソファーに座り込んだ。ハボックはそんなロイをチラリと見てキッチンへ行くとグラスに水を注いで戻ってくる。ロイの前に跪いたハボックは、グラスを差し出して言った。
「どうぞ」
 そう言って差し出されるグラスを、ロイは暫くの間じっと見つめる。手を伸ばしてグラスを取ったロイは、それを高く掲げるとハボックの頭の上から水をかけた。水はハボックの金髪を濡らし、頬や鼻梁を流れて落ちる。なにも言わずに見つめてくる空色を見つめて、ロイは言った。
「雨が降ってきたんだ」
 低く囁くような声でロイが言う。
「顔が濡れて困った」
「オレも困ってるっスけど」
「はは、そいつはよかったな」
 平坦な声で笑ったロイは、グラスに残った水をビシャリと投げつけるようにハボックの軍服にかけた。かかった水が染み込んで軍服の色を濃く染める。それをじっと見つめていたロイがひしゃげた声で言った。
「血みたいだ」
「大佐」
 食い入るようにその染みを見つめていたロイが、顔をクシャリと歪める。歪めた唇から絞り出すように零れた言葉を聞いて、ハボックは目を瞠った。
「殺してやる」
「大佐」
「たとえどこの誰だろうと私が見つけだして殺してやる」
「大佐っ」
 その瞳に憎悪を漲らせてロイはハボックの軍服を睨む。
「ヒューズの軍服を血に染めた奴を、私が必ずこの手で殺して───」
「たいさっ」
 段々と声高になって言い募るロイを、ハボックは腕を伸ばして抱き締める。ギュウと力を込めて、ハボックはロイの耳元で言った。
「アンタはそんな事言っちゃ駄目っス」
 ハボックは言ってロイの瞳を見つめる。
「そんな事言っちゃ駄目っス。中佐はそんな事望んじゃいない」
「どうしてそう言える?直接聞いた訳じゃないだろう?」
 言われてハボックはゆるゆると首を振った。
「アンタは憎しみに囚われちゃいけない。アンタは中佐と目指した高みに行くべき人なんスから。憎しみに囚われてしまったらそこに行けない」
「ハボック」
 ハボックは言ってロイをまっすぐに見つめる。それからフッと笑って言った。
「オレにください。アンタの哀しみも憎しみも、全部。オレの中に吐き捨てていけばいい」
 言われてロイは目を見開く。ハボックは食い入るように見つめてくる黒い瞳を見返して言った。
「オレにちょうだい、大佐。そうしてアンタは目指す高みに駆け上って」
 そう言って抱き締めてくる強い腕をロイは目を見開いたまま受け止める。それからハボックの瞳を覗き込んだ。澄んだ、曇りのない空色の瞳を。その瞳を己の憎しみや哀しみで汚しても構わないというのだろうか。
「お前はそれでいいのか?」
「構わないっス。アンタを支えて高みに押し上げる手段は、銃やナイフだけじゃないっしょ?」
 だからオレにください、そう言って笑う空色に、ロイはクシャリと顔を歪めてハボックの体を強く抱き締めた。


2010/09/29


お題20「軍服(喪服)」です。実はこれ、ほぼ書き終えたところでデータぶっ飛んでしまいまして……。必死に思い出して書いたんですけど……ハボックの台詞が思い出せないorz どうしてたった今書いたものが思い出せないんだろう……。おかげで書こうと思ってたのとなんか違うような気がー。ああ、ここに来てこんな罠が待ち受けていようとは……ッ!
というところで、気を取り直して最後のお題です。二人それぞれにヒューズの死を嘆く形にするか、それとも全く違う話でどっちかが死んだ設定にするか。色々考えた結果こんな話となりました。憎しみに駆られたロイを止めるのはハボであったらいいな〜という願望で書いたんですが、ああ、くそう!絶対前に書いた奴のがハボックに言わせたい台詞だったのに…ッ!!はー、ちょっと心残りが(苦笑)
まあ、それはそれとして、何とかお題クリアしました〜っ!!わーん、頑張ったなぁ、自分!最初は単に「バーテン書きたい」で書いて、残りはそのうちボチボチとのつもりだったんですが、なんか気がつけば連続お題に挑戦となっておりました(笑)正直、自分の想像力というか、発想力をものっ凄い試された感じです。結果、私って発想力貧困…orz イラストなら一発というお題ほど文章では書きにくかった気がします。「ゴシック」とか「ゆかた」とか「コック」とか、本当浮かばなかったもんなあ。でも、とりあえずクリアして達成感は満たされたのでよかったな、と。三週間、プレッシャーもありましたが楽しかったです。また何かおもしろいのがあったらやろうかな(笑)