| 変化15〜カウボーイ |
| 「夜分にすんません、今夜泊めて貰うわけにはいかないっスか?」 ザアザアと降りしきる雨にかき消されそうなノックの音に扉を開ければ、すっかりと濡れそぼった男が一人立っていた。ポケットのたくさんついたシャツの上に革製のベストを羽織り分厚いインディゴブルーのジーンズを穿いている。帽子とブーツは革製で、腰には太いガンベルトとブルウィップをつけている男は、おそらく移動途中のカウボーイと知れた。 「牛はどうした?」 「ブラハ……犬と一緒にこの家の外に集めてあります。いつもなら幌馬車ん中で寝るんスけど、雨が凄すぎて」 招き入れた男に尋ねればそう答える。この地方では珍しい豪雨は、確かに旅行者には厳しいだろう。 「寸が足らないだろうが、生憎これしかないのでな」 「すんません、お借りします」 自分が持っている服の中でなるべく大きめのものを引っ張りだし、男にシャワーを使うよう勧める。男は申し訳なさそうな笑みを浮かべて服を受け取るとシャワールームへと消えた。暫くして男がタオルで髪を拭きながら出てくる。びしょ濡れで家に入ってきたときには気づかなかったが、男は輝く金髪と抜けるような空色の瞳をしていた。 「ありがとう、やっと一息ついたっス」 男はそう言って人懐こい笑みを浮かべる。ダイニングの椅子に座るよう促し、熱いココアの入ったマグカップを男の前に置いた。 「ありがとうございます」 男は言って熱いココアをガブリと飲む。そんな飲み方をしたら熱いだろうと言う間もなく、男はココアを飲み干してしまった。 「ああ、生き返る」 ハアアと息を吐き出す男を驚いて見つめていれば男がきょとんとして私を見る。男はボリボリと頭を掻きながら言った。 「あの……オレ、なんか変なこと言ったっスか?」 「いや……よく熱くないなと思ってな」 私がそう言えば男が「ああ」という顔をする。 「飲めないほど熱くなかったっスよ。あ、もしかしてアンタ、猫舌?」 からかうようにそう聞かれ、思わず眉を寄せてムッと唇を突き出せば男がクスクスと笑った。 「どこまで行くんだ?」 「ブラック・ヒルズまで。ここんとこずっと天気良くて助かってたんスけど、今日はホント参ったっス」 「この辺でこんな雨は珍しいんだが」 私は言って窓の外へと目を向ける。雨は相変わらずザアザアと音を立てて降り続けていた。 「アンタは?ここで一人暮らし?ネイティブの部落の中心はもう少し向こうっしょ?」 男は私がつけているイヤリングを見て言う。ターコイズと珊瑚、シルバーを使ってデザインされたそれは、ここの少し先に住居を構える部落の長の一族に古くから伝わるものだった。 「……すんません、答えたくないこともあるっスよね」 何も言わずに見つめれば、男はそう言って俯く。申し訳なさそうに大きな体を縮める男に、私は笑みを浮かべて答えた。 「別に答えたくないわけじゃない。私は生粋のネイティブじゃないからな。この辺りにいるのが気楽なんだ」 そう言う私を男がじっと見る。 「私の母は白人なんだ」 「ああ、どうりでネイティブにしては色が白いなと思ったんスよ。まあ、オレとしちゃアンタがここに住んでてくれて助かったっスけど」 先まで行かなくて済んだからと男は悪戯っぽく笑う。その言い方は決して嫌な感じはせず、私も笑って返した。 「一人で牛を連れて行くのか?大変だな」 「一人じゃないっスよ。ブラハが一緒っスから」 男はさっき言った犬の名前を口にする。流れる雨で視界が遮られている窓に心配そうな視線を向ける男に言った。 「中に入れてやってもいいぞ」 「……使命感の強い奴だから牛の側を離れないんスよ」 「なるほど、飼い主とは違う」 「ひでぇ」 ニヤリと笑って言えば男は情けなく眉を下げる。 「ブラハはオレのたった一人の家族なんス。どこ行くのもブラハと一緒。アイツだけはどんな時でもオレの側にいてくれた」 続けた男の言葉は犬への愛情が溢れていた。 ザアザアといつまでも降り止まぬ雨の音を聞きながら、私たちはポツポツと言葉を交わした。そうして夜も更ける頃、どちらともなく腕を伸ばしそのままラグの上に倒れ込んだ。ランプの焔が心許なく揺れる中、私と男は熱に浮かされたように求めあう。私も、おそらくは男も同性との経験はなかったが、不思議と嫌悪感はなかった。ただ心が欲するままに求めあい、口づけを交わし深くまぐわった。 翌朝は夕べの雨が嘘のように晴れ渡っていた。男は乾いた服を羽織ると帽子の形を整えてキュッと被る。そうして空と同じ色の瞳で私を見つめて言った。 「ありがとう、おかげで助かったっス」 「いや……きちんと休めたか?」 「ええ、おかげさまでちゃんと」 私たちが眠りについたのは空が白み始める頃だったから休めたのかどうかは怪しかったが、男はそんなことはおくびにも出さずに笑う。扉を開ければ犬の吠え声がして、黒い固まりが一直線に走ってきた。 「ブラハ!」 男は腰を落として飛びついてくる犬を受け止める。ハッハッと顔を舐め回す犬を笑いながら抱き締めてやっていた男は、やがて立ち上がると私を振り向いた。 「それじゃあ行きます」 「ああ、気をつけて」 そう言う男に私は笑って答える。男は頭を下げると犬を連れて牛たちの方へ向かった。牛の様子を確認してもう一度私に向かって頭を下げ、幌馬車に乗り込む。ピシリと手綱を打つ音がして犬と牛を引き連れて馬車はゆっくりと動き出した。あの先のカーブを曲がるまでと、玄関先で立っていると牛たちの足が止まる。不思議に思ってよく見れば、馬車が止まったのだと判った。止まった馬車から男が飛び降りこちらに向かって走ってくる。何か忘れ物をしたのかと駆け寄ってきた男を見上げれば、男は私をまっすぐに見つめて言った。 「あの……アンタも一緒に行きませんか?」 「え?」 「嫌じゃなければ、その……一緒に」 そう言って見つめてくる空色をじっと見返す。私は一度目を閉じもう一度目を開くと言った。 「ロイだ」 「え?」 「まだ名乗ってなかった。私はロイだ、ロイ・マスタング」 「…ッ、オレはハボック、ジャン・ハボックっス」 男はホッと笑って名乗る。ハボックは嬉しそうに私を見つめていたが、やがて遠慮がちに手を差し出してきた。 「行こうか」 「はい」 ハボックの手を握って言えばハボックが手を握り返してくる。私たちはにっこりと笑いあうと手を繋いで馬車に向かって歩きだしたのだった。 2010/09/24 |
| お題15「カウボーイ」です。カウボーイなら荒馬に乗って走るとか、鮮やかな鞭使いとかそういうの書けって言われそうなんですが、そんなので小話書けないから……orz
そんなでカウボーイのハボとネイティブアメリカンのロイの話なんぞ書いてみました。なんでこんな話ってツッコミはなしでとお願いするのは毎度のことですが(苦笑) |