変化13〜ゴシック


「こんなところにこんな建物があったのか……」
 久しぶりの休日、抜けるような秋の青空に誘われて散歩に出ていたロイは、普段通った事のない通りをぐるっと行った先で出くわした建物を前に目を瞠る。それはアメストリスではあまり見かけることのないゴシック建築の建物だった。
「誰か住んでいるんだろうか?」
 もしそうなら中を見せて貰いたいものだと思いながら入口を探して建物に沿って歩けば、不意に大きな扉とそこに並ぶように取り付けられたガラス張りのショーウィンドウが現れて、ロイは驚きのあまり呆然としてウィンドウの中を見つめた。
「店、なのか?これは人形…?」
 入口の扉に「open」のカードがぶら下げられていると言うことはここは某かの店なのだろう。だが、なによりロイの目を引きつけて離さなかったのはウィンドウに飾られた人形だった。
 五、六歳児ほどの大きさの人形は猫脚の椅子のビロードの座面に座らされていた。白いレースが襟や胸元を飾るブラウスを着て濃い緑色をしたバルーン型の膝丈のボトムを穿いている。白いハイソックスをはいた脚先は小さな体には重そうな黒いブーツに覆われていた。膝の上に行儀よく置かれた手は指先に桜色の爪がついていて人形師のこだわりを感じさせる。蜂蜜色の髪は見るからに柔らかそうで、じっと宙を見つめる空色の瞳を持つ少年の人形は、まるでたった今し方まで息をしていたかのように見えた。
 ロイは暫くの間その人形をじっと見つめていたが、突然弾かれたように店の中へと飛び込む。
「誰かいないのかッ?」
 大声で叫べば奥の扉から店主と思しき初老の男が現れた。
「いらっしゃいませ、なにをお求めでしょう」
「ショーウィンドウの人形を、あの人形を売って欲しい」
 ロイは言って背後の人形を指さす。だが、男は首を振って答えた。
「申し訳ありませんが、あれは売り物ではありません」
「…ッ、金なら幾らでも払う!だから頼む、あの人形を売ってくれ!」
 男の言葉にもロイは諦めずに言い募る。土下座までしかねないロイの様子に、男は少し考えて言った。
「判りました、ではこうしましょう。あの子を一週間、貴方にお預けします。その間、貴方はあの子の世話をしてください。毎日髪を梳(くしけず)り、服を着替えさせてあげてください。食事はしませんが、毎日たくさん話しかけてやって欲しいのです。一週間たって、あの子がここに帰りたいと言わなければあの子は貴方に差し上げましょう」
「人形の世話をすればいいのか?」
「……ええ、そうです」
「判った」
 ロイが頷けば男はショーウィンドウの椅子から少年の人形をそっと下ろす。大事に抱き抱えてロイの側までくると男は言った。
「この子の名はジャンです。洋服など必要なものは後ほど届けさせましょう。一週間、ジャンを大切にしてあげてください」
 そう言って男は人形をロイに手渡す。人形を抱き抱えたロイはその柔らかさと羽のような軽さに目を瞠った。
「ありがとう、大事にする」
 ロイは人形を見つめながら囁くようにそう口にすると、店を出て家へと帰っていった。


 ロイは人形を家に連れて帰るとソファーにそっと座らせる。その横に並んで腰掛けると金色の髪を撫でながら言った。
「ジャン、私の名はロイだ。ロイ・マスタング」
 ロイはそう言ってジャンの顔を覗き込む。ビードロで出来た空色の瞳に自分の姿を映しだして続けた。
「お前がこの家に来てくれて嬉しい。出来ることならずっとずっと……私と一緒にいてくれ」
 そう囁くとロイは人形の後頭部に手を添え、そっと口づけたのだった。


 それから毎日、ロイは朝起きれば人形の髪をとかし、ネグリジェを脱がせて洋服を着せてやった。店から届いた服はどれも華やかなレースに縁取られていて、人形の愛らしさを引き立たせるものばかりだった。ロイは食事をとるときも人形の側に座り込み、今日のスープは美味しいだの、今はこの魚が旬だだの、まるで一緒に食事をしているかのように話しかけた。本を読む時は人形を抱き抱えるように座らせ、本の内容を話して聞かせた。夜になれば服を脱がせ、その体を熱い湯で絞ったタオルで丁寧に拭いてやった。人形の体は隅々までそれは精巧に作られていた。薄色の胸の飾りも、形のよい臍も、小さな楔や双丘の狭間の蕾さえ何もかもきちんと整っていて、吸いつくように柔らかい白い肌と相まって人間そのものであるかのようだった。
「お前が本当に生きた人間ならいいのに……」
 ロイは小さな体を抱き締めてそう呟く。柔らかい桜色の唇に己のそれを重ねれば、綺麗なビードロの瞳がロイを映し出して、ロイは物言わぬ人形をじっと見つめて言った。
「ジャン……一度でいい、その唇で私を呼んで、その瞳で私を見つめてくれ。そうしたら私は」
───どうするというのだろう。ロイは人形をギュッと抱き締めたまま昏い眠りへと落ちていった。


 そうして昼も夜も少年の人形と過ごして、一週間は瞬く間に過ぎた。明日になれば人形を返しにいかねばならないという夜、ロイはこの一週間毎日そうしていたように人形の体を拭き清めてやっていた。耳の穴から足の指まで丁寧に拭くとロイはタオルをテーブルに置く。ベッドの上に横たえた人形をじっと見つめていたが、ベッドにあがると圧し掛かるようにして人形を真上から見つめた。
「明日になったらあそこに帰ってしまうのか……」
 明日のこの時間には人形はもういない。明日になれば初めて会ったあの時と同じように、またあの椅子に腰掛けて外を見つめて過ごすのだろう。売り物ではないとあの男は言っていたが、それでもどうしても欲しいと金を積まれれば売り渡してしまうかもしれない。そう思えばロイの背を冷たいものが流れる。宙を見つめる空色の瞳をじっと見つめていたロイの唇から呻くように声が零れた。
「いやだ……お前を帰したくない」
 ロイは言って人形の顔を両手で包み込む。
「頼む、言ってくれ。あそこに帰りたくないと、私とここにいたいと言ってくれ、ジャン…ッ!」
 縋るような切ない声にも、だが人形は答えなかった。人形の白い顔をじっと見下ろしていたロイは、顔を包み込んでいた手をゆっくりと首へと滑らせる。人形の細い首を両手で掴むとグッと力を込めた。
「帰すくらいなら……帰すくらいならここで壊してやる。誰かの手に渡すくらいならいっそここで……ッッ」
 ロイは呻くように言って首を押さえる手に力を込める。ミシと嫌な音がして細い首が折れると思ったその瞬間。
「カハ…ッ」
 人形の顔が歪んで唇から微かな息が零れる。少年の手が力なく首を絞めるロイの手に触れて、ロイは慌てて手を離した。
「ジャン…?……ジャンっ!!」
 ゲホゲホと咳込む細い体をロイは思い切り抱き締める。少年の顔を見つめれば涙が滲む空色が見返してくるのを見て、ロイは顔をくしゃくしゃに歪めると噛みつくように口づけた。


「これは……」
 腕に腰掛けさせるようにしてジャンの細い体を抱いたロイが店を訪ねれば、店主の男は驚きに目を見開いて二人を見る。暫くそうして見つめていた男がジャンに向かって手を伸ばしたが、ジャンはその手を嫌がってロイの首にしがみついた。
「この子はここへ帰りたくないようです」
「それじゃあ」
 男の言葉に期待を込めて尋ねるロイに男は頷く。
「この子は貴方のものです」
 その言葉にロイは腕の中の少年を見つめた。そうすればにっこりと微笑むジャンの瞳にロイの心が温かくなって、ロイはジャンの体をギュッと抱き締める。
「あと一週間この子を大切に世話してやってください。今まで通り髪を梳り、服を整えて」
 そういう男の声が聞こえてロイは男を振り向いた。
「食事は?私と同じものを食べさせていいのか?」
「食事は必要ありません。後一週間、これまでと同じように世話してください」
 そう聞いてロイは一瞬何も言わずに男を見つめたがやがてゆっくりと頷く。
「判った。言うとおりにしよう」
「貴方が初めてです。今までジャンを連れ帰った人は誰一人としてジャンに受け入れられなかった」
 そう言う男の言葉にロイはじっとジャンを見つめる。にっこりと笑うジャンに笑い返して、ロイはジャンを連れて家に戻った。


 その日から、朝がくる度ジャンは年齢の殻を脱ぎ捨てるように成長していった。手足が伸びて幼かったその体に筋肉がつき、背も日を追うごとに高くなっていった。
「大きくはなるが、お前は相変わらず喋らないんだな」
 ロイが言うとおり、ジャンは今では15歳ほどに成長していたがその唇から言葉が零れることは決してなかった。ジャンはいつも静かに微笑んでロイの側にいるだけだった。
 そうして一週間がたったある日。ロイはいつものように世話をしようとジャンのパジャマに手を伸ばそうとする。その手がジャンのパジャマに触れる寸前、ジャンの手がロイのそれを掴んだ。
「ロイ」
 初めてジャンの唇から発せられたロイの名前。驚愕に見開く黒曜石の瞳を見つめてジャンは言った。
「オレをあそこから連れ出してくれてありがとう。オレ、やっとアンタに追いついたっス。これからはアンタと一緒に一つずつ年をとるから、だから」
 ずっと側において。
 そう言って腕を伸ばしてくるジャンを泣きそうな顔で抱き締めて、ロイは深くふかくジャンの唇に口づけたのだった。


2010/09/22


お題13………「ゴシック」です(←恥ずかしくて大きな文字では言えない)………どうやって書けとorz どこがゴシックなんだというツッコミはしないでやって下さいましー。ゴシック様式の店にゴスロリ衣装身に付けたハボックがいると言うことで、頑張って想像して下さいね!このお話はみなさんの想像力にかかってますんで!(殴)しかし、ホントに訳が判らない話になってしまった……。そのくせこれ、長さだけは通常の更新より長いって言う(爆)もうどうしようもない……。ああ、穴があったら入りたい気満々だーッ!(滝汗)