9.サンタさんがくれたもの


「なあ、ロイ。お前、本当に誰かとイブを過ごす訳じゃねぇの?」
「しつこいな、誰も過ごす相手なんていないと言ってるだろう」
 何度も同じ事をしつこく聞いてくるヒューズにロイは思い切り顔を顰める。
「だったらさ、俺と一緒にパーティに参加しようぜ、な?」
 ならばと顔を覗き込むようにして言うヒューズの顔をロイはグイと押し退けた。
「何故私がお前と一緒にパーティに参加せねばならんのだ」
「そんなの決まってんだろ、イブに一人なんてのは間違ってるからだ」
 さも当然ときっぱり言い切るヒューズにロイは眉間の皺を深める。
「お前にはグレイシアがいるだろうが」
「だから、お前もパーティに出れば誰かと───」
「ヒューズ」
 言いかけるヒューズをロイはビシリと遮った。
「お前がどう思おうが勝手だしお前の持論を否定するつもりもない。だが、それを私に押しつけるな。私に“誰か”は必要ない」
 ロイはそうきっぱりと言い切ると読んでいた本をバタンと閉じて休憩室を出ていった。


 今日はクリスマスイブ。このひと月、緑と赤に彩られて華やいでいた街は、ついにやってきたフィナーレに迎えて一際賑やかに輝いている。通りをいく誰もが笑みを浮かべ、幸せを分かちあおうとするこの季節が、ロイは嫌いだった。
(くだらん)
 仕事を終え家へと向かって歩きながら、キャアとあがった歓声に眉を顰めてロイは思う。幼いときに両親をなくし、厳格な祖父に育てられてきた。彼は幼いロイに柔らかで暖かな抱擁ではなく厳しい規律と秩序を与えたから、ロイにとって愛情とは微笑みではなく厳格さであった。この時期、ロイの彼女に収まろうとアプローチしてくる女性は大勢いたが、ロイはその全てを一蹴した。香水の匂いをさせて媚びを売るような笑顔を浮かべる女性たちはロイにとって軽蔑の対象でしかなかった。
(まったく、どいつもこいつもクリスマスだからなんだというんだ)
 ロイは店のウィンドウディスプレイにチラリと目をやってそう思う。
(大体サンタなんているわけないじゃないか)
 祖父と暮らして初めてのクリスマスに、サンタなんていうのは玩具をたくさん売りたいおもちゃメーカーの策略に過ぎないと聞かされた。クリスマスプレゼントはいつも祖父が選んだ本でおもちゃなど与えられたこともなく、イブにはいつもと同じメニューがテーブルに並んだ。ロイにとってクリスマスは他の冬の一日となんら代わりはなかった。
 ロイは賑わう通りを抜け住宅街に入っていく。漸くクリスマスムードもなくなるかと思いきや窓辺や庭に趣向を凝らしたイルミネーションを飾る家々を見て、ロイは眉を顰めた。カッカッと靴音を響かせまっすぐ前だけを見てロイは歩いていく。たどり着いた家の扉を開け中に入ってロイはホッと息を吐いた。
 数年前に祖父が亡くなってからロイは一人でこの家に住んでいた。大きな屋敷は一人で住むには広かったがたくさんの書物を置くには都合よく、週に二度ハウスキーパーが掃除をしに来る以外は、この家を訪れるのは精々ヒューズくらいなものであった。
『なあ、ロイ。お前、俺と一緒にアパートに住まないか?』
 ロイの他人と極力関わろうとしない暮らしぶりを心配してヒューズがたびたびそう言ったが、ロイは耳を貸さなかった。
『もうすぐグレイシアと結婚する予定の男がなにを言っている』
『じゃあお隣さんってのはどうよ?そうしたら行き来もしやすいし』
『これ以上お前に来られたら堪らん』
 ロイはいつもそう言ってヒューズとの話を終わらせていた。
 家に入って最初にヒーターの電源を入れる。徐々に部屋が暖まってきたのを確認してから、ロイはコートを脱いだ。
「家が広いと部屋が暖まるのに時間がかかるのは難点だな」
 広い家に一人でいるのは気にならないが寒いのだけは苦手だ。ロイは冷凍庫の中から出来合いのグラタンを出しレンジに放り込んだ。インスタントのスープをお湯で溶かしテーブルに運ぶ。チンと鳴ったレンジからグラタンを取り出しそれもテーブルに運ぶと新聞を手に食事を始めた。
 シンと静まり返った部屋の中、時折ロイがめくる新聞の音だけが響く。新聞を熱心に読む間に適度に冷めたグラタンとスープでロイが腹を満たした時。
 ガタガタッ!!と上の方で音が響く。ギョッとして見上げた先にあるのは暖炉から続く煙突だ。
「なんだ?」
 ネズミでも入り込んだのかとロイが腰を浮かしかけた、その時。
「うわあッッ!!」
 叫び声に続いてなにやらズズッと滑り落ちる音がする。ザザッ!ドスンッッ!!という音と同時に暖炉から濛々と煤と埃が舞い上がった。
「い、いてて……」
 目を見開いて見つめているロイの視線の先で、暖炉から誰かがゴソゴソと這いだしてくる。ゲホゲホと咳込みながら腰をさすりさすり出てきたのはサンタの格好をした男だった。
「どうも……サンタクロースです」
 サンタは頭を掻きながらそう言う。突然の展開に呆然としていたロイは、サンタの声にハッと我に返って言った。
「誰だ、貴様」
 じろりと睨んで言えばサンタが空色の瞳を見開く。きょろきょろと部屋の中を見回してサンタは言った。
「えっと……ここ、ブラウンさんのお宅じゃ?」
「ブラウン家は隣だ」
 ムッとしてロイが言えばサンタは慌ててポケットから紙を取り出す。開いて中に書かれた場所を確認したサンタはロイを見て言った。
「すんません、場所、間違っちゃったみたいっス」
 サンタはそう言ってがっくりと座り込む。ハアとため息をついているサンタにロイは言った。
「間違いならさっさと行ったらどうだ?バイトなんだろう?」
 おそらくサンタのデリバリーサービスだろうと見当をつけてロイが言えばサンタが苦笑する。
「この格好で?それにプレゼントが入った袋、途中で詰まっちゃったし」
「なんだと?」
 普段使う機会がなかなかないとはいえ、煙突にものが詰まったままなんて冗談じゃないと目を吊り上げるロイにサンタが慌てて手を振る。
「ちゃんと取りますから!でも、ちょっと休ませて」
 屋根に登るのは大変だったのだと言うサンタにロイはため息をつく。
「勝手にしろ」
 ロイはそう言うと椅子にこしかけ本を広げた。そうして内容に没頭すればサンタの存在などたちまち忘れてしまう。どれくらい本を読んでいただろうか、突然聞こえた声にロイはびっくりして顔を上げた。
「この部屋、クリスマスの飾りが何にもないんスね」
 そう言いながら部屋の中を見て歩く薄汚れた赤い服を着た男の姿にロイは目を瞠る。男はテーブルに置きっ放しになっているグラタンが入っていたアルミのカップとスープが残ったカップを覗いて言った。
「クリスマスメニューもなし?」
「誰だ、貴様」
 勝手に部屋の中を歩き回って勝手なことを言っている男を睨んで言うロイに、男は目を見開いた。
「誰って、サンタっスよ」
 男は言って手にした帽子と髭をつけてみせる。「ね?」と笑う男がそこにいるのを全く失念していた事に内心驚きながらロイは言った。
「なんだ、まだいたのか」
「まだいたのかって、ひでぇ」
 とサンタだった男は苦笑する。男は本を手に座っているロイの側にきて言った。
「で、アンタんちではクリスマスのお祝いしないんスか?」
 さっき口にした疑問を男はもう一度口にする。
「どうしてクリスマスなんてものを祝わなくちゃならんのだ」
 くだらん、と言い捨てるロイに男は首を傾げた。
「子供の頃はお祝いしたっしょ?ターキー焼いてケーキ食べて」
「クリスマスだからといって特別なメニューが並んでいたことなんてない」
「ほんとに?一度も?」
 驚きに目を瞠って男は尋ねる。そう聞かれて、ロイは祖父と暮らし始める前はどうだったかと一瞬考えたが思い出せなかった。
「記憶にある限りではないな」
 ロイはそう答えると言った。
「そんな話はどうでもいいだろう?休んだんならさっさと煙突に詰まったものを取って出ていってくれ」
 そう言うとロイは男の返事も待たずに本に目を落とす。それきり再び本に没頭してしまったロイを男はじっと見つめていたが、やがて暖炉に潜り込んでゴソゴソと煙突を探り、詰まったプレゼント袋をなんとか引っ張り出すと再び煙突から出てきた。
「どうもお騒がせしました」
 男はそう言ってぺこりと頭を下げたがロイは本から視線もあげない。男は一つため息をつくと薄汚れたプレゼント袋を肩に担いで部屋を出ていった。


 それからどれくらいたったのだろう、玄関の呼び鈴が鳴る音にロイは本から顔を上げる。壁の時計がそろそろ十時を指そうという時間なのを見て顔を顰めた。
「誰だ、今頃。ヒューズか?」
 こんな時間に訪ねてくる相手と言えばヒューズの顔くらいしか思い浮かばなくて、ロイは渋々腰を上げる。部屋を出て玄関の扉を開きながら文句を口にしようとしたロイは、目の前に立っていた男の姿に目を瞠った。
「こんばんは、サンタクロースです」
 白い袋を肩に背負い、赤い帽子を被った男はそう言ってにっこりと笑う。それがさっき煙突から落ちてきた男だと気づいて、ロイはムッとして言った。
「何の用だ」
「だからサンタクロースですって」
 男は言って肩から袋をおろして口を開く。中からいい色に焼けたチキンを取り出して言った。
「時間なかったからチキンになっちゃったっスけど、勘弁してください」
「……そんなもの頼んでないぞ」
「いいからいいから。さっきお騒がせしたお詫びっス」
「別に詫びなどいらん。帰れ」
 ロイはそう言って扉を閉めようとする。だが、一瞬早く男が足を扉に挟んでにっこりと笑った。
「そう言わずに、超特急で作ったんスよ。ね?」
 言って浮かべる男の笑顔に何故だか無碍に追い返せず、ロイは男をじっと見つめる。にこにこと笑いながら見つめ返してくる男にロイはため息をついた。
「仕方ないな、入れ。……ええと」
「ハボックっス!ありがとうございます、マスタングさん」
 名乗っていないのにそう呼びかけられてロイは中へ入ろうとした足を止める。ジロリと睨んでくる黒曜石にハボックが笑って答えた。
「さっきブラウンさんのところにプレゼント届けに言って聞いたんスよ」
 そう聞いてロイはフンと鼻を鳴らして中へと入っていく。ハボックは袋を抱えなおしてロイの後からついてきた。
「すぐ用意しますね。ちょっとキッチン借りていいっスか?」
「好きにしろ」
「ありがとうございます」
 礼を言ってハボックがキッチンに入るのを見送ってロイはドサリとソファーに腰を下ろす。そうして五分もたたないうちにハボックが呼ぶ声が聞こえて、ダイニングに入ったロイはテーブルに並べられた皿を見て目を瞠った。
「どうぞ、簡単なものしか用意できなかったっスけど」
 そう言ってハボックが示したテーブルの上にはチキンにサラダ、オニオンスープとパンにケーキと、急いで用意したにしては十分すぎる料理が並んでいた。
「お前が全部作ったのか?」
「パンはオレんちにあった奴。流石に焼く時間なかったんで」
 ハボックは言いながらワインの栓を抜く。二人分のグラスに注ぐとロイが座るのを待って言った。
「メリークリスマス!」
 言ってグラスを差し出してくるからロイもつられてグラスを差し出す。テーブルの中央でチンとグラスが綺麗な音を立てた。
「ささ、食べて食べて」
 ハボックは切り分けたチキンをロイの皿に置いて言う。言われるまま口に運んだロイは、汁気をたっぷり含んだ柔らかいチキンの美味しさに目を瞠った。
「旨い」
「ホントっスか?よかった」
 素直にそう口にすればハボックが嬉しそうに笑う。その笑顔にドキリとしてロイは慌てて目をそらした。
「急いで焼いたからちょっと心配だったんスけど」
 よかった、と笑うハボックにドキドキしながらロイは黙々と食事を続ける。なにも言わないロイに構わず、ハボックはサンタのデリバリーサービスの苦労話やなにやらをロイに話して聞かせた。ハボックは決して喋りすぎず、と言って沈黙の気まずさもなく、出された食事はどれもロイの口にあって、ロイは自分がとても気持ちよく過ごしていることに気づく。いつの間にかテーブルの上には綺麗にデコレーションされたケーキだけが食べられるのを待っていた。
「じゃあ、マスタングさんにはイチゴがのってるところをあげますね」
「……子供か、私は」
 そう言いながらケーキを切り分けてロイの前に置くハボックをロイは睨む。どうぞ、と勧められてケーキを口にしたロイはその程良い甘さを味わいながら言った。
「……ケーキなんて食べたのは久しぶりだ」
 考えてみれば祖父と暮らすようになってからケーキを口にしたことがあっただろうか。祖父が亡くなってからはこんな風に誰かと食卓を囲んだ事もなかったと、ロイは不意に気づいた。
「ケーキ、嫌いだったっスか?」
 ハボックが申し訳なさそうに言う声が聞こえてロイはハッとして顔を上げる。久しぶりに食べたというロイの言葉を好きではないから食べなかったという意味にとったらしいハボックに、ロイは慌てて言った。
「そうじゃない。単に食べる機会がなかっただけだ」
 食べてみてロイは自分が意外にこういうものが好きだと気づく。
「お口にあいました?」
 遠慮がちに聞いてくるハボックにロイは素直に答えた。
「旨かった」
 それから少し考えて付け足す。
「こう言うのも悪くない」
「本当っスか?よかった!」
 ロイの言葉にパアッと顔を輝かせて笑うハボックを見て、ロイの心臓が跳ねた。それに気づかず嬉しそうに言葉を重ねたハボックが時計を見て慌てて腰を浮かした。
「うわ、こんな時間!急いで片づけますね」
 ハボックはそう言うとてきぱきとテーブルの上を片づける。あっと言う間に綺麗にしてしまうと袋を肩に担いで言った。
「突然押し掛けちゃってすんませんでした」
 言ってぺこりと頭を下げてハボックは部屋を出ていく。玄関までいくとついてきたロイに向かって言った。
「それじゃあ失礼します。よいクリスマスを、マスタングさん」
「……ああ、お前もよいクリスマスを」
 これまでなら絶対に言わなかったであろう言葉をロイは素直に口にする。それにニコリと笑ってハボックが背を向けるのを見たロイの心に不意に寂しさが沸き上がった。
「…ッ」
 立ち去る背に声をかけようとするが咄嗟に言葉が浮かばない。手を伸ばすことも出来ずに手のひらをギュッと握り締めて目を閉じたロイは、駆け戻ってくる足音に目を開いた。
「あのっ」
 と、一瞬躊躇ってハボックが言う。
「ご迷惑じゃなかったらまた来てもいいっスか?」
 その言葉に驚いて見つめてくるロイに、ハボックは困ったように俯いた。
「迷惑っスよね、すんません」
 そう呟くハボックにロイの唇から言葉が零れた。
「そんなことはない、来たいなら来ればいい」
 その言葉にハボックが弾かれたように顔を上げる。見つめてくる黒曜石ににっこりと笑って言った。
「はいっ、じゃあまた来ます!」
 ハボックはそう言うと何度も振り返りながら帰っていく。その背を見送りながら、ロイはハボックという名のサンタがくれたものが何なのか、考えてみるのも悪くないと思った。


2010/12/25


「クリスマスで10のお題」九つ目「サンタさんがくれたもの」です。こんなサンタさんならいつでも来て欲しいもんです(笑)