8.ひかり


「ゆっくり目を開けてください。……見えますか?マスタング大佐」
 聞こえる声にロイはゆっくりと目を開ける。グレーに塗り潰されていた視界に再び景色が映し出されるのを確認してロイは答えた。
「ああ、よく見える」
 取り戻した視力で世界を睨みつけて、ロイはすっくと立ち上がった。


「准将?大丈夫ですか?」
 執務室に戻って椅子に腰を下ろしたロイが眉を顰めて目頭を揉むのを見たホークアイが、心配そうに声をかける。休む暇もない激務が取り戻した視力に負担をかけているのではと気遣うホークアイにロイが答えた。
「大丈夫だ、なんともない」
「それならよろしいのですが」
 本当かと様子を伺うように見つめてくる鳶色の瞳にロイは僅かに苦笑する。半ば強引に話を変えるかのように、スケジュールを確認しながらロイは視線を窓の外に広がる青空へと向けた。


 あの激闘から半年が過ぎ、アメストリスも漸く落ち着きを取り戻し始めていた。気がつけば季節も流れ、心に余裕が出来た人々が近づくクリスマスを祝うために家々飾り、街は明るい雰囲気に包まれている。希望という生きる為の光を取り戻した民衆の先頭に立って、ロイ達もこの半年休む間もなく走り続けてきた。幾つもの約束と誓いを胸に脇目もふらず進み続けてきたロイだったが。
(疲れたな)
 最近ふとした弾みにそう思うことがある。そしてそう思う理由もロイにはよく判っていた。
(アイツがいないからだ)
 戦闘中の大怪我が原因で軍を去ったハボック。追いかけてこいと言い必ず追いつくと答えた。だがハボックは未だ東部の実家に引きこもったきりだ。向こうでリハビリに励んでいるともきいているが、ロイに言わせればなにも離れた場所でしなくてもこちらへ来てやればいい話ではないか。
「もう限界だ」
「え?」
 突然ガタンと椅子を蹴立てて立ち上がるロイに、ホークアイが驚いて目を瞠る。
「迎えに行ってくる」
「行くってどこに……准将ッ?!」
 ロイはホークアイが止めるのも聞かず、執務室を飛び出していった。


 駅について丁度出発する列車に飛び乗った。ホークアイか誰か他の部下が追って来て止められるのを恐れたからだ。途中乗り換えてハボックの実家がある方へ向かう列車に腰を下ろして、ロイは漸くホッと息を吐いた。窓の外へ目をやれば行き過ぎる家々がクリスマスの飾り付けに彩られているのが目に入る。そう言えば今日はクリスマスイブだったと気づいて、ロイは脳裏に浮かんだ情景に目を細めた。
 ハボックがいた頃、クリスマスともなれば料理好きなハボックが腕によりをかけて作った料理やケーキを前に楽しい時間を過ごしたものだ。当たり前にあるその空間が決して当たり前ではないと気づいた時には、ハボックは遠く離れてしまった後だった。それでも立ち止まる暇のないロイはただひたすらに走り続け、そうしてここまでやってきたのだが。
(私だってそろそろ本当に欲しいものに手を伸ばしてもいいだろう?)
 幾つもの約束を果たしゴールにたどり着くには、ロイにもその力となる光が必要なのだ。
 直走(ひたはし)る列車の行く手を見据えながら、ロイはその先で待つ人の姿を思い描いていた。


「はあ……」
「少し休憩しましょう、ハボックさん」
「や、大丈夫っス、もう少し続けて───」
 手すりに掴まって単純な歩行訓練を繰り返していたハボックが疲れたようなため息を吐き出すのを見ていた介護士が休憩しようと言えば、慌ててハボックが歩きだそうとする。明らかに疲れているであろう様子に、介護士は苦笑して言った。
「焦る気持ちは判りますが、遣りすぎはよくないですよ」 「ッ、……はい」
 言われてハボックはしょんぼりと座り込む。膝を抱えて顔を埋めてため息をついた。
「くそ……ッ」
 一度は歩けないと諦めた事を考えれば、手すりに掴まってでも歩けるようになったのは格段の進歩だろう。
(でも、こんなんじゃ全然だめだ)
 ロイの手足となって動く為にはもっと強く、もっと早く動けるようにならなければならない。
(一体いつになったら大佐んとこ帰れるんだろう)
 ロイはどんどんと先へと進んでいく。もしかしたら永久に追いつけないのではないか、暗闇の中光が見えぬままもがいているような現状に、ハボックは為す術もなくギュッと唇を噛み締めた。その時、窓の外から微かにクリスマスソングが聞こえてくる。それを聞けばロイと過ごした楽しい日々が脳裏に浮かんで、ハボックは頭を振ってその光景を閉め出した。
(サンタさんが大佐を連れてきてくれたらな)
 不意にそんな子供じみた考えが浮かんでハボックは苦笑する。
「バカなこと考えてねぇでリハビリ、リハビリ」
 そう呟いて手すりに手を伸ばすと、ハボックはゆっくりと歩きだした。


 漸く目的の駅についてロイはハボックがリハビリをしているという施設へと向かう。最初は歩いていた足取りが段々と速まり、最後は凄い早さで走っていた。目指す建物についた頃には目を吊り上げて息を弾ませるロイに、施設の従業員がギョッとして道をあける。リハビリ用の部屋を確かめロイは最後の階段を一息にかけ上がった。聞いた部屋の扉の前まで来てロイは足を止める。躊躇うようにじっと扉を見つめてロイはそっと扉を開いた。ゆっくりと扉の向こう、ロイの視線が引き寄せられるように向かったその先に。
 ずっと求めていた光があった。


 ガチャリと扉が開く音がしたのには気づいたものの、ハボックは構わずリハビリを続ける。だが、カッカッと響いた足音が聞き覚えがある気がして振り向けば、そこに立っていた人の姿にハボックは目を見開いた。
「大、さ……?なんで……?」
 ポカンとして見つめてくるハボックにロイが笑う。
「今は准将だ、ハボック」
 ロイは言って手すりに掴まって立つハボックに近づいた。
「待ちくたびれた、時間切れだ」
 そう言うロイの言葉にハボックは顔を歪める。
「……ごめんなさい、必ず追いつくって言ったのに」
 最後通告を突きつけられたと唇を噛み締めるハボックにロイは苦笑して言った。
「違う、もう待っていられない。お前を連れて帰る」
「……え?」
「連れて帰ると言ったんだ」
 言われてハボックは一瞬目を瞠ったが、顔をクシャリと歪めて言った。
「で、でもオレっ、リハビリすんでねぇしっ」
 帰っても役に立てないと泣きそうな顔で言えばロイが言った。
「これ以上私を真っ暗闇の中走らせる気か?お前は光だ。私の側にいて私の道を照らしてくれ」
 そう言ってロイは腕を伸ばしてハボックを抱き締める。ロイの腕の中、目を見開いていたハボックは震える声でロイに言った。
「リハビリ、思うように進まなくて、このままじゃ大佐にどんどん置いて行かれちゃうって……気持ちばかり焦って闇の中でもがいてるみたいで、オレ…ッ」
 ハボックは言ってロイの体を抱き締める。
「側にいてもいい?大佐がオレの行く道を照らしてくれるんスか?」
 尋ねれば返る微笑みに。
 ハボックはきつくロイの体を抱き締めたのだった。


2010/12/24


「クリスマスで10のお題」八つ目「ひかり」です。いやもう、なに書いていいかさっぱり浮かびませんでした。イブだというのになんか暗い話になっちゃったorz しかもすごい捏造しまくってるしー、あうー。原作のちっちゃいカットは実家の近くってことで!(爆)