| 6.「冷たいね」 |
| 「え?イブもクリスマスもいないのか?お前」 リビングで食後のコーヒーを飲みながら先の予定を話し合っていれば、今年のクリスマスは忙しいのだと言い出したハボックにロイは目を瞠る。ハボックは咥えていた煙草を指で持ち、コーヒーを一口啜って煙草を咥え直して言った。 「イブは保育園でサンタさんやるんスよ」 と、ハボックは少し前に台風被害の復旧で通った教会に併設されている保育園の名前を出して言う。 「毎年園長さんがサンタやってるんですけど、今年は腰痛めちゃったらしくて」 誰か代わりにやってくれる人がいないか探していた保育園がハボックに白羽の矢を立てたらしい。 「あそこの園の子たち、すっげぇ可愛いから楽しみなんスよね」 元来子供好きのハボックは実に楽しそうに言う。自分とは関係のないところで楽しそうな表情を浮かべるハボックに、ロイは内心ムッとしながら言った。 「随分煙草臭いサンタだな」 「近くなったら少し煙草減らしますよ」 そう言いながらハボックは煙草を灰皿に押しつける。うっかり煙草を取り出さないよう両手でコーヒーのカップを包むように持って続けた。 「25日は士官学校時代の同期の奴が久しぶりに出てくるんスよ。せっかくだからみんなで集まろうって」 「……へぇ」 「何年ぶりかなぁ、すっげぇ楽しみ」 シシシと笑ってハボックが言う。脇に置いていた本を取り上げ読み始めるロイにハボックは尋ねた。 「大佐は今年もチャリティパーティとか行くんでしょ?」 「……まあな」 「やっぱり!どうせそうだろうと思ったんでオレも予定入れたんスよね」 毎年名士であるロイ・マスタング大佐はクリスマスともなればあちこちからチャリティパーティの声がかかる。プライベートでゆっくり過ごしたいと思ってもままならないのが毎年の常で、ハボックとしてはこの時期はいつも淋しく過ごしているのだった。 「これで今年は大佐もオレに気兼ねなくパーティいけるっしょ?クリスマスの分はニューイヤーにゆっくり過ごすってことで」 「そうだな、お前にも予定があれば出たくもないパーティに出るのをグチグチ文句言われなくて済むな」 ロイは言って本をパタンと閉じる。 「クリスマスの予定が決まったんならもう話すことはないな。休ませてもらうよ、おやすみ、ハボック」 「えっ?もう?」 まだ子供が寝るにも早い時間であるにも関わらずそんなことを言って立ち上がるロイに、ハボックが慌てて腰を浮かした。 「どうせこの先は会食だ、パーティだと忙しいんだ。せっかく早く帰ったんだから休める時に少しでも休んでおきたい」 「……そっか、そうっスよね」 せっかく久しぶりの二人の時間、もう少し話をしたかったがそんな風に言われれば引き留めることも出来ない。残念そうに「おやすみなさい」と言うハボックの声を背に、ロイはリビングを出ていった。 「なぁにが“すっげぇ楽しみ”だ……」 パタンと閉めた寝室の扉に背を預けてロイは呟く。毎年ハボックがクリスマスを二人で過ごしたいと思っているのを知っていながら、どうしても立場上プライベートを優先する事ができないのをロイはずっとすまないと思っていた。だから今年こそはハボックと一緒に過ごそうと前倒しにパーティに参加したり、断る代わりに大口の寄付をしたりして、ロイはなんとかクリスマスに予定を入れないでいた。ハボックの予定は聞くまでもないと思っていたから敢えて言わないでおいたのが仇になったらしい。 「……くそ」 ロイは忌々しげにそう呟いてベッドに倒れ込む。素直にクリスマスは予定がないのだと告げればよかったのかもしれないが、なんだか必死にやりくりした努力が無駄になったのが悔しくて、ハボックにそう言うことが出来なかった。 「……別にいいさ。偶には一人でのんびり過ごすクリスマスも悪くない」 ロイはそう言って小さくため息をつくとそっと目を閉じた。 クリスマスイブ当日。 「どうっスか、大佐。似合うっしょ?」 ノックの音と同時に開く扉の音に顔を上げれば、執務室の入口にサンタが立っているのを見てロイは目を見開く。長身のサンタは見事な付け髭を扱きながら言った。 「これなら子供たちも大喜びっスよ」 そう言ってクルリと回ってみせるハボックにロイは首を傾げる。 「少し貫禄が足りないんじゃないのか?もう少し太ってないと」 「いいんスよ、太ってないサンタさんがいても。要はサンタさんが来るってことが大事なんスから」 ハボックはそう言っておもちゃの詰まった袋をよいしょと肩に背負った。 「じゃあ、ハボサンタ、行ってまいります!」 「……ああ、気をつけてな」 ピシッと敬礼するサンタにロイがクスリと笑って答えると、ハボックはにっこりと笑って執務室を出ていった。 翌日のクリスマス、イーストシティは朝から雪だった。いつもより三割増しで多い仕事を片っ端から処理していれば瞬く間に時間が経つ。気がつけば窓の外はすっかりと暮れて、ロイがずっと走らせていたペンを止めた時、ハボックがコーヒーのトレイを手に執務室にやってきた。 「どうっスか?区切りつきそう?」 「そうだな、まだ少しかかりそうだ」 「パーティ、平気なんスか?始まっちまわねぇ?」 壁の時計を見てハボックが言う。時計の針はそろそろ六時半を指そうとしていた。 「迎え、来るんスか?オレが送ります?」 今日の送迎のことについては聞いていなかったとハボックが尋ねればロイがコーヒーを持ったままハボックを見つめる。その黒曜石にハボックが一瞬ドキリとしたのに気づいたのか、ロイは笑みを浮かべて言った。 「いや、ブレダ少尉に頼んである。お前こそ早く行かないとみんな来てるんじゃないのか?」 「あっ、そうだった」 言われてハボックは慌てて執務室を出ようとして振り返る。 「今夜はちょっとばかし遅くなると思うんで、先に休んでて下さい」 「ああ、判った」 「パーティ、楽しんできてくださいね」 ハボックはそう言って今度こそ執務室を出ていく。パタンと扉が閉まればロイはそっとため息をついた。 「パーティなんてないし」 結局断りをいれたパーティにやはり出席するとも言えず、今更誰か女性に一緒に過ごそうと声をかけるのも業腹で、ロイのクリスマスの予定はなにもないままだった。 「別にいいさ、仕事も片付くしな」 ロイはそう言って書類に向かう。だが、山のようにあった書類も珍しく真面目に取り組んだおかげでろくに残業にもならず終わってしまった。 「くそ、他に仕事はないのか?」 ロイはそう言って執務室から出る。丁度帰り支度をしているブレダに向かってロイは尋ねた。 「ブレダ少尉、他に仕事はないか?」 「えっ?ああ、大佐」 突然聞かれてブレダは目を丸くする。 「ええ、急ぎの仕事はもう粗方片付きましたから。もう終わりですか?大佐」 「やることがない。何かないか?」 終業時間も過ぎたと言うのにそんなことを言うロイを、ブレダは不思議そうに見つめた。 「だったら今日は店じまいにしたらどうです?あ、予定があるんでしょう?車出しましょうか?」 そう聞かれてロイは軽く首を振る。 「いや、今日はなにも予定はないよ。中尉に無理言って空けてもらったからな」 「え?でもハボの奴、さっきこれから飲みに行くって」 嬉々として出かけていった友人の姿を思い出してブレダが言った。 「今日は士官学校時代の仲間と騒ぐそうだ。……そうだな、店じまいにするか」 確かにする事もないのに残っているのも空しい。執務室に入ってコートを取ってくるとロイはブレダに言った。 「少尉は時間調整か?」 「ええ、相手の仕事が終わんないんで。車出しましょうか?送りますよ」 「いや、雪の中、歩いて帰るのもいいだろうから。よいクリスマスを、少尉」 そう言ってロイは司令室を出る。建物を出れば吹き付ける冷たい風にコートの襟を立てて歩きだした。 「どうするかな……」 このまま家に帰ったところで食べるものがない。と言って、クリスマスで賑わう街に食べに出かける気にもなれずロイはとぼとぼと家に向かって歩いた。途中、デリを買うことも考えたが結局なにも買わずに家についてしまう。ロイは凍えた手で鍵を開けると扉の隙間から中に滑り込んだ。 「寒い……」 一日中火の気のなかった家はすっかりと冷えきっている。ロイはリビングに行くとコートを着たままドサリとソファーに腰を下ろした。 「自分で作るのも面倒だな……」 普段ハボックが料理をするから某かの材料は冷蔵庫に入っているから適当に作れないことはないだろう。だが、自分一人のために料理をする気にはなれず、ロイはワインのボトルとチーズを持ってくるとソファーに座って飲み始める。暖房も入れてない部屋の中は寒く、飲んだワインも熱になる前に冷めてしまうようだった。 「偶にはいいさ、こんなクリスマスも」 賑やかなハボックと付き合うようになってから、イベントをこんな風に過ごしたことはなかった。ロイは冷えきった部屋で一人、冷たいワインでチーズを齧っていたのだった。 「あ」 友人と並んで通りを歩いていたブレダは、よく小隊の連中と飲みに入る店の前で足を止める。訝しげに見つめてくる友人にちょっと待っててと言って、ブレダは店の中に入った。 「いたいた」 安くて量も多くて旨いと三拍子そろった店は同期の集まりにもうってつけだ。もしやと思って覗いてみれば案の定酒を飲み交わしている金色の頭を見つけて、ブレダは近づいていった。 「ハボ!」 「あれ?ブレダもここで飲んでたのか?」 気づかなかったと笑うハボックを手招いて店の隅に連れていくとブレダが言う。 「お前、大佐はいいのか?」 「え?」 突然そんなことを言われて目を丸くするハボックにブレダが続けた。 「大佐、今夜はなにも予定ないって帰ったぞ」 ブレダの言葉にハボックは目を瞠る。 「そりゃお前にはお前のつき合いも予定もあるだろうから俺が口出しする事じゃねぇかもしれないけど、なにもクリスマスに飲み会の予定入れなくてもいいんじゃないか?」 「え?だって大佐はチャリティパーティの予定が」 「中尉に無理言って空けて貰ったって言ってたけど、聞いてないのか?」 言われて呆然とするハボックにブレダは眉を寄せた。 「お前な、つきあってる相手の予定くらいちゃんと確認しろよ。フラレたってしらねぇぞ」 そんな風に言うブレダにハボックは飛び上がる。 「オレ、帰る!みんなに言っといてッ!」 そう怒鳴るなりハボックは店を飛び出していった。 雪道に何度も足を滑らせてハボックは家へと走っていく。漸くたどり着いた頃には冷たい空気に肌から湯気が立つほど体が熱くなっていた。 「大佐っ」 ガチャガチャと鍵を開けるのももどかしく家の中に飛び込む。リビングに入ればコートを着たままワイングラスを手にしたロイが驚いたようにハボックを見た。 「ハボック?飲み会はどうした?」 今夜は遅くなると言って出かけた筈と目を丸くするロイに、ハボックはツカツカと歩み寄る。キョトンとして見上げてくる黒い瞳にハボックは顔をくしゃくしゃと歪めて言った。 「予定がないならないってどうして言ってくれないんスかッ?」 「……だってお前は予定があっただろう?」 「大佐に予定がないって判ってたら行かなかったスよ!」 ハボックは大声で言ってロイの前に跪く。ロイの手を取ればそのあまりの冷たさに目を瞠った。 「手……冷たいっスね」 そう呟いてハボックはロイの手を両手で包み込みハーッと息を吹きかける。何度も息を吹きかけた手を頬に寄せて言った。 「無理して時間空けてくれたって。なんで言ってくれなかったんスか?」 「……既に予定を組んでいるのに言うわけにはいかないだろう?」 「大佐より大事な予定なんてないっス」 ハボックは言ってロイをじっと見つめる。 「これからでも一緒にお祝いしてくれます?」 「こんなものしかないが」 ロイは言ってワインとチーズを指さした。 「大佐と食べるならなんだってご馳走っスよ」 ハボックが笑って言うのを聞いてロイはチーズに手を伸ばす。一口齧ればさっきよりずっと美味しく感じることに気づいて目を瞠った。 「本当だ。確かに旨いな」 「でしょ?」 言えばハボックが答えて笑う。冷えきっていた筈の部屋はいつしか暖かく、二人はソファーに並んで座るとワインとチーズでクリスマスを祝ったのだった。 2010/12/22 |
| 「クリスマスで10のお題」六つ目「冷たいね」です。台詞系のお題は苦手です。その一言言わせるためにどんだけ書かなきゃいけないんだか……orz 台詞って流れの中で自然に出てくるものだと思うので、連載くらい長さがあればともかく日記の中でそこに持っていくのはかなり苦しいものが(苦)もー、長いわりにろくでもない話になっちゃったよぅ(苦笑) |