3.Strawberry Kiss


「ターキーはよし。後はケーキか」
 朝からバタバタとクリスマスの準備をしているハボックが呟く。先に焼いて乾燥しないように濡れ布巾で包んでおいたスポンジを取り出し、冷蔵庫から生クリームと苺を出してカウンターに並べた。
 今日はクリスマスイブ。何年に一度の幸運にみまわれてハボックとロイは二人揃って休みを取ることが出来た。のんびりと朝寝坊を決め込むロイをベッドに残して、ハボックはクリスマス料理の準備に大わらわだ。それでもテキパキと手際よく進めた甲斐あって、昼を前に後はケーキを残すだけになっていた。ハボックは飾り用に形の綺麗な苺を数個残して残りはスポンジの間に挟めるようにスライスしていく。生クリームを泡立てようとして、壁の時計を見て手を止めた。
「あ、もう洗濯機止まってんじゃん。皺になっちゃう」
 起きて一番に回しておいた洗濯機はとっくに止まっている時間だ。既に皺になってしまったかもと、ハボックはケーキを作るのを中断して急いでキッチンを出ていった。


「あーあ……よく寝た……」
 ロイはベッドの上に体を起こし思い切り伸びをする。カーテンの隙間から零れる陽射しは、既に太陽が朝から昼へと天空を移動していることを示していた。
「ハボック……?……ああ、そういやさっき起きるとか言ってたっけ」
 隣に眠っていた筈の恋人の名を呼んだロイはその姿がないことに気づいて、夢現で聞いたハボックの声を思い出す。
『大佐、オレ頑張ってなるべく午前中に料理の目処つけちゃうっスから、昼飯食ったら駅前のツリー見に行きましょう。のんびり散歩して途中お茶でもして、四時過ぎには暗くなるからイルミネーションも見られるだろうし』
 確かそんなことを言ってまだ暗いうちから起き出していた気がする。
「働き者だ、アイツは……いい嫁を貰った」
 ハボックが聞いたら思い切り嫌がりそうな事を呟いてロイはポスンと枕に顔を埋める。そうすればまたうつらうつらしだしたロイは、ブランケットからはみ出した肩が寒くて震えた弾みに目を覚ましてため息をついた。
「……起きるか」
 流石にこのまま寝ていたらハボックに文句を言われそうだ。ロイはもそもそと起き上がるとガウンを羽織って寝室を出た。
「ハボック?」
 階下に降りてハボックがいるであろうキッチンを覗く。だが、そこには背の高い姿はなくロイは首を傾げた。
「どこに行ったんだ?アイツ」
 せっせと料理に励んでいると思いきやハボックは別のことをしているらしい。いい匂いに誘われてオーブンを覗けばターキーがいい色に焼けていた。
「旨そうだな……」
 匂いだけでなくこんがりと焼けたいい色艶に俄に腹が減ってくる。ロイはグゥと鳴った腹を抱えてキッチンの中を見回した。
「あ」
 ケーキを作るところだったのだろう、出しっぱなしのスポンジと並んで生クリームと苺が置いてある。ロイはその旨そうな赤色に引かれるように手を伸ばした。
「甘い」
 カプリと齧れば溢れる 程良い酸味のある甘みにロイは目を細める。半分齧った残りを口に放り込むとロイはもう一つ苺を手に取った。立派な苺は一口では口に入らないほど大きい。そんな苺にロイは次々と手を伸ばし、瞬く間に全部食べてしまった。
「ああ、旨かった……」
 腹の虫を宥めてロイが満足げなため息を零した時。
「あっ!!」
 突然聞こえた大きな声にロイはキッチンの入口へと目をやる。するとそこには口を驚きに大きく開けたハボックが立っていた。
「ああ、おはよう、ハボック。朝から大変だったな、ありがとう」
 自分が朝寝を決め込んでいる間に殆どクリスマスの用意を済ませてくれた恋人に、ロイは素直に礼を言う。だが、ハボックはそんなロイの言葉など聞かずにカウンターに突進した。
「ああっ、苺、食っちまったんスかっ?!」
「ん?ああ、腹が減ってたんで。流石にターキーをつまみ食いするわけにはいかんからな」
 そもそもあんな熱そうなもの猫舌の自分につまみ食いは無理だ。甘くて旨かったぞ、と笑うロイにハボックはふるふると震えながら言った。
「飾りの分全部食っちまって!どうするんスか、ケーキ!」
 飾り用にとっておいた形のいい苺をロイは全部食べてしまっていた。残っているのはクリームと一緒に挟む為にスライスした苺だけだ。ハボックに睨まれてロイは冷蔵庫に目を向けた。
「もう苺、ないのか?」
「ないっスよ。これから作るつもりで飾り用に取り分けて残りを切ったところだったんスもん」
 そう言われてロイは冷蔵庫を開ける。確かに冷蔵庫にはフルーツと名のつくものはリンゴが二つ入っているだけで、後は肉やハム、バターやチーズばかりだった。
「もうっ、寝坊して腹が空いたからって苺食っちまうなんて、それなら腹が空く前に起きてくりゃいいっしょ?」
 流石にロイを待っていたら腹が減ってしまうと、クリスマスの準備をする前にトーストだけ齧ったハボックが言う。責められてロイは内心しまったと思いながらもちょっとばかしムッとして言った。
「煩いな、飾りが欲しけりゃミニトマトでものっけておけばいいだろう」
 ロイはそう言って野菜入れからミニトマトのパックを取り出す。ドンとカウンターに置かれた赤い丸い玉が入ったパックを見てハボックが顔を顰めた。
「嫌っスよ、ミニトマトののったケーキなんて」
 確かに白いクリームの上に赤いミニトマトは見た目には綺麗だろう。だが、その味を想像すれば流石に試してみる気にはなれなかった。
「お隣のグレンさんが農家やってる親戚が送ってきたって、美味しいからどうぞって分けてくれた苺だったのに」
 ハボックが恨めしそうに上目遣いにロイを睨む。責める視線に居心地悪げに目を逸らしていたロイは、なにを思ったかいきなり残りの苺に手を伸ばすと瞬く間にそれも食べてしまった。
「な…な…なにするんスかッ、アンタっ!!」
「煩い。なまじ中途半端に残ってるから文句も出るんだ。一つ残らず食ってしまえば諦めもつくだろう?」
「ひでぇ……」
 バッドの上に残る僅かな紅い痕を見つめてハボックが呟く。がっくりと項垂れてハボックは呟いた。
「苺……産地直送、スペシャル苺……オレだって食べたかったのに……」
 がっくりとカウンターに手をついて言うハボックを見れば流石のロイも罪悪感に苛まれる。はああ、とため息をつくハボックの襟首を掴むと、ロイはグイと引っ張った。
「ぐえっ!なにする……ッ、んんッッ?!」
 いきなり唇を塞がれてハボックが目を白黒させる。歯列を割って入り込んできたロイの舌は、苺の香りが残ってひどく甘かった。
「……こういう味だった!判ったか?!」
 悪いと思っているのだろうに、そう言って睨んでくるロイにハボックは目を丸くする。ハボックは瞬間ロイをまじまじと見つめたが、悪戯っぽく笑って言った。
「判んないっス。もっとちゃんと味あわせてくれないと」
「……仕方のない奴だな、ほら」
 ロイは言ってもう一度ハボックの唇を塞ぐ。さっきより長く舌を絡めてロイが言った。
「判ったか?」
「んー……あんまり」
「お前、味が判らないんじゃないのか?」
「大佐がちゃんと味あわせてくれないからっスよ」
「仕方ない、もう一度だけだぞ」
 そう言いながら二人は何度も唇を合わせる。そうして分け合った苺の味を参考に、ケーキ用にはロイ持ちで立派な苺を買い直したのだった。


2010/12/18


「クリスマスで10のお題」三つ目「Strawberry Kiss」です。お題まんまな話だ、いや、お題だからいいのか?(苦笑)