2.フタリで見る流れ星


「ねぇ、大佐ぁ」
 執務室で書類に埋もれるロイのところへコーヒーを持ってきたハボックが、机を挟んでロイの顔を覗き込みながら言う。甘えるような呼び方にロイは一つため息をつくと書類を書く手を止めてハボックを見上げた。
「何度も言っているだろう、今日は無理だ」
「今日じゃなくても平気っスよ?明日くらいまでが今年のピークだっていうから!」
 “今日は”という言葉に食い下がってハボックが言う。だが、ロイは眉間の皺を深めて答えた。
「今日も明日も明後日も!無理だ、ハボック」
 机の上に山と積まれた書類のてっぺんをバンッと叩いてハボックを見つめる。執務室にはそれ以外にも書類が溢れ、机の上の電話はさっきから煩く鳴り響いていた。
「──はいッ」
 ロイは受話器を引っ掴んで噛みつくように答える。そのまま電話の相手と話し始めてしまったロイをハボックは暫く見つめていたが、やがて肩を落として執務室を出ていった。


 アメストリスでは年に三回ほど大きな流星群が観測される。新年あけて間もない頃の象限儀(しょうげんぎ)座流星群、夏の暑い盛りのペルセース座流星群。そしてこの二つの流星群に並んでたくさんの流星が観測されるとして毎年話題になるのが二つ星流星群だった。今年も12月14日から16日の三日間がピークで、丁度新月と重なる事から例年よりたくさんの流星が見られるだろうと新聞で大きく取り扱われていたのを読んだハボックが、一緒に見に行こうとロイを誘ってきたのだが。
「…………別に意地悪している訳じゃないぞ」
 ロイは受話器を置いてそう呟く。年末のこの時期、ロイの忙しさは尋常ではなく、ハボックの願いを叶えてやりたいと思いはしても実質問題とても無理なのが現状だった。
「まあ、今年が最後というわけじゃなし……次の機会もあるだろう」
 別に大きな流星群を見に出かけなくても星空を見上げる機会は他にもあるだろう。ロイはしょんぼりと出ていったハボックの背中を頭の中から消し去って、書類に没頭していったのだった。


「おい、ハボックはどうした」
 いつもならプカプカと煙の漂っている席にいるはずの男が見当たらないのを見て、ロイが言う。ロイが示した席の向かい側に座るブレダが、煙草の煙を吐き出しながら言った。
「ああ、ハボなら病欠ですよ」
「病欠?ハボックが?」
 思いがけない言葉にロイが目を見開く。ブレダは短くなった煙草を灰皿に押しつけて答えた。
「昨日夜中に流れ星見に行ったらしいんですよ。ほら、新聞で話題になってたでしょう?二つ星流星群」
 ここ数日、耳にタコが出来そうなほど聞かされた名前を耳にしてロイが目を瞠る。ブレダは新しい煙草を取り出しながら続けた。
「夕べはこの冬一番の寒さだって言うし、やめとけって言ったんですけどね、結局行ったらしくて」
 風邪ひいたってすげぇ鼻声で電話してきましたよ、と苦笑するブレダにロイも呆れたように眉を寄せて見せる。その後二言三言話をして執務室に入ったロイは、閉じた扉に背を預けて呟いた。
「見に行ったのか、ハボックの奴……」
 まさか一人で行くとは思わなかった。何となく胸の奥がチリチリと罪悪感に焼かれるのを感じて、ロイは慌てて首を振る。
「忙しかったんだから仕方ないだろう。そもそも約束をすっぽかしたわけじゃないんだし」
 (はな)から無理だと言っていたしハボックは好きで一人で行ったのだ。自分が罪悪感を感じるのはおかしいだろうと、ロイは無理矢理その気持ちに蓋をして山と積まれた書類に立ち向かっていった。


「ハボック、もういいのか?」
 翌朝司令室にきてみればいつものように席で煙草をふかしているハボックの姿を見つけてロイが言う。ハボックは煙草を咥えたままゲホゲホと咳込みながら答えた。
「あー、平気っス。昨日は鼻が垂れて止まんなかったもんで」
「……お前、風邪の時くらい煙草をやめたらどうだ」
 咳込みながらもの凄い鼻声で話すハボックにロイは眉を顰めて言う。そうすればハボックはヘラヘラと笑いながら言った。
「大丈夫っスよ。煙草の煙で喉が潤うっスから」
「うそつけ」
 ロイは言ってハボックの唇から煙草を取り上げる。発火布をつけた手で握り潰して残りの煙草も要求するロイに、ハボックは渋々懐から出した煙草をロイの手に載せながら言った。
「ああ、そうだ。大佐の分もちゃんと流れ星にお願いしてきたっスから」
「私の分も?なにをだ?」
「ええとね……健康と長寿と……」
「どこかの年寄りか、私は」
 指折り数えて願い事を口にするハボックにロイは思い切り顔を顰める。アホらしいとばかりに執務室へ歩き出すロイに向かってハボックが言った。
「それから、大佐がずっと幸せでありますように」
 その言葉にロイは扉のところで振り向く。見つめてくる空色を見返して言った。
「そんなものは星に願うもんじゃない、自分の力で掴むもんだ」
「……そうっスね」
 にこにこと読めない笑みを浮かべて言うハボックをジロリと睨んで、ロイは執務室の扉を閉めた。


 その後もロイは相変わらず忙しかった。クリスマスイブもクリスマスも仕事仕事で時間がとれないまま、結局ハボックとゆっくり過ごす事も出来ず、それどころかプレゼントを用意する時間すらなかった。
「まあ、その分ニューイヤーには旨いもんたくさん作ってあげますから」
 今年はハボック自慢のターキーもケーキも食べられないと愚痴るロイにハボックが苦笑して言う。
「この分じゃニューイヤーだってどうなるか判らん」
 ブスッとして自分だけハボックから貰ったプレゼントの包みを撫でながらロイが言えばハボックが答えた。
「まだ一週間ありますから、休めるように頑張ってください」
 そう言って執務室から出ていこうとするハボックの背にロイが声をかける。
「お前は?今夜は飲みに出るのか?」
「クリスマスを過ごす相手のいない部下でも誘って?もの凄い悲惨な事になりそうっスから家でのんびりしてますよ」
 ロイを責めるでなく笑って答えるハボックに、ロイは一言謝ることも出来ない。そんなロイに「じゃあ」と手を挙げてハボックは執務室を出ていった。


「やっぱ飲みに行けばよかったかなぁ」
 チビチビとビールを飲みながらハボックは呟く。一人きりのクリスマスは出来合いのチキンにサラダ、サンドイッチと酷く侘びしいものだった。
「…………ニューイヤーにはクリスマスの分も構ってもらおう」
 さっき聞いたロイの台詞は聞かなかった事にしてハボックはそう呟く。一人飲んでいても寂しいばかりでハボックは立ち上がるとビールの中身をキッチンのシンクに流し、食べ残しはそのままにシャワーを浴びると早々にベッドに潜り込んでしまった。
「願い事、叶わなかったな……」
 一人で見た流れ星に祈った願いは“クリスマスにロイと一緒に過ごせますように”だった。だが、結局ロイは忙しいまま自分は不貞腐れてベッドに潜り込んでいる。
「ちぇっ……お星様のバカ……」
 子供のような文句を呟いて、ハボックはそっと目を閉じた。


 ドンドンドンッッ!!
 ハボックは扉を叩く音に眠りの淵から引き戻される。腕を伸ばしてブランケットに引きずり込んだ時計が指す時間を見れば、夜中の一時過ぎだった。
「……るせぇ、誰だよ、こんな時間に……」
 無視を決め込もうかとも思ったが、このまま放置すれば明日の朝他のアパートの住人から文句を言われるに決まっている。ハボックは仕方なしにベッドから這い出ると玄関に向かった。
「誰だ、この非常識野郎ッ」
「私だ、ハボック」
 怒りを隠さず扉の向こうへ声をかければ帰ってきた声にハボックは仰天する。慌てて扉を開ければコートの襟を立てたロイが寒そうに立っていた。
「大佐っ?どうしたんスか、こんな時間に」
 一体何事かと尋ねるハボックにロイが言う。
「すぐに服を着替えろ、行くぞ」
「えっ?……ええっ?!ちょっと、大佐っ?!」
 それだけ言ってさっさと階段を下りてしまうロイにハボックが言う。だが、答えの返る気配がないと判ると急いで中に入り着替えてダウンジャンパーを引っ掴むとロイの後を追った。
「大佐!」
 アパートの前の狭い路地を抜けて通りへ出ればロイが車の運転席に座って待っている。ハボックが助手席に滑り込んだ途端、ロイは車のアクセルを踏んだ。
「大佐、どこ行くんスかっ?」
 加速する車にクンと体を後ろへ引っ張られながらハボックが聞く。だが、ロイが答える気配がないと知るとハボックは仕方なしにシートに体を預けた。
 車は市街地を抜けてイーストシティにほど近い丘へと向かっていく。徐々に車は坂道を上り始め三十分も走ると小高い丘の頂上へ辿り着いた。ロイは運転席から出ると後部座席の扉を開け、積み込んでいた荷物を取り出す。慌てて助手席から降りてきたハボックに次々と渡すと扉を閉めて言った。
「急ごう。あの辺りならいいだろう」
 ロイはハボックの腕からブランケットを取り上げて歩き出す。ロイに半歩遅れて歩きながらハボックは尋ねた。
「なんスか、一体。このブランケット、なに?」
 ハボックの手にはブランケットがもう一枚と小さなバスケットがある。だが、相変わらずロイは答えず丘の上の一番見晴らしのよい場所まで来るとハボックを手招いて腰を下ろした。
「寒いからな、ちゃんとくるまっておけよ。また風邪をひかれたらたまらん」
 ロイは言って手にしたブランケットにくるまる。そのままコテンと寝ころんでしまうロイをハボックは目を丸くして見つめた。
「こんなとこで寝るんスか?大佐」
「誰がこんなとこで寝るか。いいからお前も早くブランケットにくるまって寝ころべ」
「はあ」
 言われてハボックはバスケットを下におろし、ブランケットにくるまって寝ころぶ。次はどうするんだと言いたげにロイの顔を見れば、ロイは手を伸ばして空を指さした。
「よく見てろ」
「え?空?」
 なんだろうと言われるまま空を見上げる。クリスマスの夜空を星が飾っているのを見て、綺麗だと言おうとした矢先。
 スーッと。
 尾を引いて星が流れた。
「あ!流れ星!」
 見上げた星空の中、突然に星が流れて落ちる。気をつけて見ていれば一つ、また一つと流れる星にハボックが目を見開いて見入っているとロイが言った。
「丁度今頃は子犬座流星群の時期だそうだ。二つ星ほど有名じゃないが、結構流れ星が見えると聞いたんでな」
「大佐……」
「すまなかったな。せっかくのクリスマスだったのに時間もとれなかったしプレゼントの用意も出来なかった」
 ハボックの方を見ず星空を見上げながらそう言うロイの横顔をハボックは見つめる。くしゃりと顔を歪めてハボックが言った。
「ちゃんとこうして時間とってくれたし、流れ星のプレゼントもくれたじゃないっスか」
「もう12時を過ぎた。クリスマスには時間切れだ」
「滑り込みセーフっスよ」
 そう言うハボックをロイはちらりと見たがすぐに視線を空へと戻してしまう。ハボックはそんなロイをじっと見ていたが、少しして言った。
「ねぇ、大佐。一人ずつ別のブランケットにくるまってるより一緒にくるまった方があったかいと思いません?」
「……そうだな、湯たんぽ代わりに丁度いいかもな」
 ロイがそう答えた途端、ハボックはブランケットから出てロイのブランケットに潜り込む。自分がくるまっていたブランケットを二人の上からかけて、ロイにギュッとしがみついた。
「……おい、苦しいぞ」
「でもあったかいっしょ?───あ、また流れた!」
 ハボックはロイにしがみつきながら視線だけ空へと向ける。
「大佐、願い事言わないと!」
「お前こそ」
 クスクスと楽しげに耳元で笑うハボックにロイはくすぐったそうに首を竦めた。
「ありがとうございます、大佐」
 大好き、とハボックが囁けばロイの目尻が紅く染まる。
「おい、どっちがたくさん流れ星を見つけられるか、競争するぞ」
「いいっスよ、負けませんから」
 満天の星空の下、二人は互いに抱き締めあいながら流れて落ちる星の数を数えていたのだった。


2010/12/17


「クリスマスで10のお題」二つ目「フタリで見る流れ星」です。12月15日前後が双子座流星群のピークだというニュースを見まして、その時は「この寒いのに流星群なんて見にいけないよなぁ」ぐらいにしか思ってなかったのですが、丁度お題が流れ星だったのでネタに使ってみました(笑)日記だというのに書いてみたら普段の更新より長くなっちゃった(苦笑)お楽しみ頂けていたら嬉しいですが。