| 1.12月の悩み事 |
| 「またこの季節がやってきた……」 ハボックは赤と緑のクリスマスデコレーションがなされたショップのウィンドウを眺めてそう呟く。クリスマスに向けてウキウキと心が弾む12月。子供の頃から大好きだったこの時期が、ここ数年ハボックにとっては悩みの種となっていた。 「ホント、毎年なにあげたらいいのか判んないんだよな、あの人……」 ハボックの言うあの人とは、このアメストリスでは知らない人のいない焔の錬金術師、ロイ・マスタング大佐のことだ。ハボックは数年前からロイとはいわゆる恋人同士という関係で、一年の最後を飾るクリスマスは恋人同士の二人にとって最大のイベントであるはずだった。当然クリスマスイブは押し寄せる仕事を投げうってでも時間を確保し二人きりで過ごせるよう互いに努力してきたのだが、そのイベントを飾るプレゼントがハボックにとっては最大の悩み事となっていた。 そもそもロイは物欲がさほどない。欲しいものはなにかと聞けば返ってくるのは八割方が本であり、残りの二割はその本を読む時間だろう。ロイの家には未だに読み切れない分厚い古書がところ狭しと積んであり、今年のクリスマスになにが欲しいか聞いたなら、二人で過ごす時間より一人のんびり本を読む時間をくれと冗談ぬきで言われそうだった。 読書好きのロイの為、ハボックは座り心地のよいクッションやら、ハボックとしては小遣い全部はたかなくては手に入らないような値の張るちょっと洒落たブックマーカーやらをプレゼントしてきた。だがそれすら正直どれだけ喜んで貰えているのか判らない。ハボックはショーウィンドウにピタリと額を張り付けてため息をついた。 「今年はなんにするかなぁ」 そう呟くハボックの目の前に猫を象(かたど)ったペーパーウェイトが飾ってある。大量の書類を抱えたロイには意外といいかもしれないが、八万センズの値札がついている時点で論外だった。 「大体大佐なら自分で何でも買えるんだよな……」 薄給の自分とは比べものにならない給料をロイは受け取っている。ハボックがハアアとため息をついた時、背後から呆れた様な声が聞こえた。 「なにをやってるんだ、お前は。店の人に迷惑だろう」 「へ?……大佐?」 ハボックはべったりと張り付いていたガラスから顔を離して振り向く。ハボックが張り付いていたガラスはハボックの呼吸で一ヶ所だけ白く曇っていた。 「ええと、ちょっと考えごとを……」 ハボックは頭を掻きながら立ち上がって言う。眉を寄せるロイが何か言うより先にハボックは尋ねた。 「そういう大佐こそなにしてるんスか?」 聞きながらロイを見れば手にした紙袋から本が覗いている。聞くだけ無駄だったなと思うと同時に今年のクリスマスプレゼントはやっぱり「一人で寛ぐ時間」だとハボックは思った。 「探していた本が入荷したと古書店から電話があったんでな」 ハボックがなにを考えているか、ロイは気づかずにそう言う。それでも微妙に目を逸らすハボックの様子がおかしい事には気づいてロイは首を傾げた。 「どうかしたか?ハボック」 そう聞かれてハボックはロイに視線を戻す。ひとつため息をついて言った。 「今年のクリスマスっスけど、一緒に過ごすの、やめません?」 突然そんなことを言われてロイは目を瞠る。じっとハボックを見つめて尋ねた。 「どうして?他に予定でもあるのか?」 「予定はないっスけど」 「じゃあ何故?」 真っ直ぐに見つめてくる黒い瞳に嘘も誤魔化しも言えよう筈がない。ハボックは俯いて見つめた地面をつま先で蹴り付けながら答えた。 「オレ、大佐にあげられるような洒落たプレゼント考えつかないし、だったら一人でゆっくり寛ぐ時間ぐらいならあげられるかなって。ホテルにでも泊まって、そうしたら本だって好きなだけ読めるっしょ?」 そう言うハボックの言葉にロイは一瞬目を見開く。次の瞬間ムッと目を吊り上げてハボックの耳を捻りあげた。 「まったくそんなところに貼り付いてなにを考えているのかと思えば下らん事を」 「イッ、イデデデデッッ!!痛いっス、大佐!!」 捻られる方向に首を回してハボックが訴える。最後に思い切り引っ張って手を離せば、ハボックが涙ぐんで恨めしそうにロイを見た。 「そんなことを言うなら精一杯知恵を絞って私が寛ぐ空間を演出してみろ。ホテルなんて人任せにするな」 「……でも、オレが側にいると気が散るっしょ?」 どうしてもロイがそこにいると思うと側に行きたくなってしまう。このデカい図体でうろうろされたら本に集中できないだろうとハボックが言えば、ロイがため息をついた。 「まったく、いつまでたっても判ってないな、お前は」 ハボックがいるそれだけで、どれほどその場所がロイにとって寛げる空間になっていると、どうして気づかないのだろう。ロイは手を伸ばしてハボックの金髪をくしゃりとかき混ぜて言った。 「最初から側にいればいいだろう?うろうろしないで一緒にいればいいじゃないか。お前が側にいれば暖かいしな」 「……ペットの犬っスか」 「似たようなもんだろう?」 ハボックがムゥと頬を膨らませればロイがニヤリと笑って言う。 「今年のクリスマスプレゼントはジャン・ハボックによる“寛げる空間の演出”だ。楽しみにしてるぞ」 「えっ?ちょっと待ってくださいよ、それってめちゃくちゃ難しくないっスか?」 そんな漠然としたもの、どうすればいいのか皆目見当がつかない。そう思ってハボックが言えばロイが答えた。 「別に難しいことなんてない。私にのんびりして貰おうという気持ちがあればいいんだから。喉が乾いたらココアを淹れてくれる、それだけで十分だ」 「ココア一杯?」 ロイの言葉にハボックが不満そうに言う。 「それだけじゃ嫌ならスコーンのひとつでも焼いてくれ」 「スコーンねぇ……クロスグリのジャムでも作るかな……」 ブツブツと言いながら考え込むハボックにロイは目を細める。毎年ハボックが自分を喜ばせるプレゼントにはなにがいいか、一生懸命考えてくれているのをロイは知っていた。そうやって考えてくれることこそが最高のプレゼントだといつになったらハボックは気づくのだろう。 (だって、そうやって考えてくれる間はずっと私のことだけで頭がいっぱいだと言うことだろう?) 「寛げる空間、かぁ……なにすればいいんだろう」 ロイがなにを考えているか全く気づかないハボックの悩み事は、まだもう少し続きそうだった。 2010/12/16 |