10.I wish …


「また来たのか、お前」
「えーっ、来たいなら来ればいいって言ったの、マスタングさんっしょ?」
 ドアベルが鳴る音に扉を開ければ、満面の笑顔を浮かべて立っているハボックに向かってロイは眉を顰める。そんな風に言われて情けなく眉を下げるハボックを見て、ロイはクスリと笑った。
 クリスマスイブの夜、訪問する家を間違えて煙突から落ちてきたサンタはそれ以来ロイの家に足繁く通うようになっていた。クリスマス当日、バイト先のケーキ屋で貰った大きなケーキを持ってきたのを皮切りに、毎日毎日多いときには日に二度もお菓子や果物、ちょっとした料理を片手にやってくるのだ。
「お前、学生だろう?勉強はどうした」
 何度目かの訪問の時、自分から言わなきゃ絶対に訊いてくれないだろうからとハボックが自分から話した内容によれば、ハボックは大学生だということだった。
「やだな、冬休みくらいのんびりさせてくださいよ」
 ハボックは唇を尖らせて言う。既に勝手知ったると言った家の中に入り、ダイニングのテーブルに肩に掛けたバッグを置いた。
「それにマスタングさん、一人だとろくなもん食ってないみたいだし」
 クリスマスの夜、大きなケーキを手に訪れたハボックはテーブルの上にイブの夜と同じ冷凍グラタンのアルミケースが置いてあることに気づいた。ちょっと失礼、と冷蔵庫を覗いたハボックが冷凍庫に同じグラタンばかりが入っているのに驚いて尋ねればロイは一言『めんどくさい』と答えたのだ。
「別に私が何を食っていようがお前に関係なかろう?」
「そりゃそうっスけど」
 それでもなんだか放っておけないのだ、と笑うハボックをなんて面倒見がいいのだろうとロイは思う。ロイの風体やその地位に惹かれて寄ってくる人間は多かったが、その価値観や考え方などを知ってなお側にいるのは、ヒューズを含めほんの数人しかいなかった。
(面倒見がいいとは言え、こいつもそのうち離れていくんだろう)
 甲斐甲斐しく食事の支度をしているハボックを見ながらロイは思う。イブの夜、思いがけずハボックとクリスマスの食卓を囲んで、その時浮かんだ感情に任せてハボックが家に来るのを許してしまったロイだったが、時間がたつにつれあの感情がなんだったのか、ハボックというサンタが自分にもたらしたものがなんなのか判らなくなってきていた。
(最初は考えてみるのも悪くないと思ったんだが)
 思ったものの考えようとすればするほど漠然としてきて、ロイは形にならないモヤモヤに苛ついてしまう。いずれ離れていくのだろうと思い始めれば猶の事苛ついて、ロイはそっとため息をついた。
(それならば家に入れなければいい話なのに)
 苛つくのが嫌なら来るなと言えばいい。だが、実際そうは出来ず、そんな自分がロイは益々判らなくなった。
「マスタングさん、用意出来たっスよ」
 考えに沈んでいたロイはハボックが呼ぶ声で我に返る。テーブルの上を見れば山盛りのロールパンとレタス、それに色々な具材が載った皿が並んでいた。
「好きなの挟んで食べてくださいね」
 ハボックはカフェオレのカップをロイの前に置いて言う。ニコニコと笑うハボックの顔を見ればチクリと胸が痛んで、ロイはさりげなく視線を逸らした。
(これも判らない事の一つだ)
 と、ロイは内心そう思う。今までロイの人生の中で“判らない事”というものは存在しなかった。例えその時は判らなくても突き詰めて考えれば答えは必ず出たし、自分が知らないことも調べれば答えは得られた。だが、ハボックに絡む事柄はロイにはどうにも判らない事ばかりだった。
(そもそも幾ら面倒見がいいとはいえ、どうして私の面倒をみたがるんだ?)
 騒がせたお詫びだと言ってイブの夜にクリスマスディナーを作って持ってきたのはまだ判る。だが、どうしてその後ハボックは『また来てもいいか?』と聞いたのだろう。そしてどうして自分もまた『来たいならくればいい』と答えたのだろう。
「……タングさん、マスタングさんってば!」
「え?」
 呼ぶ声にハッとして顔を上げればハボックが心配そうにロイを見ている。
「どっか具合でも悪いんスか?」
 どうやらいつの間にか考えに沈んでいたらしい。ちっともパンに手を伸ばそうとしないロイを心配して言うハボックに、ロイは答えた。
「すまん、ちょっと考えごとをしていた」
「食事の時くらい難しいこと考えるの、やめて下さいよ」
(難しいのはお前だ)
 苦笑してそう言うハボックにロイは内心ため息をつく。考えれば考えるほど曖昧になっていくものに、ロイは眉間の皺を深めてパンの間にマヨネーズで和えたゆで卵をグイグイと詰め込んだ。


「……こんばんは」
 ドアベルが鳴る音に答えて扉を開ければまたもや立っているのはハボックだった。昼にロールパンサンドを山ほど持ってきた男は大きなバッグにビーフシチューを鍋ごと持ってきていた。
「お前な……」
「マスタングさんに食べさせたくていっぱい作っちゃいました」
 えへへと笑ってハボックが言う。キッチンのコンロでシチューを温め直すハボックの背をロイはじっと見つめていたが、やがてその背に向かって尋ねた。
「どうしてお前はここに来るんだ?」
 自分で幾ら考えても見つからない答え。その答えを持っているであろう男にロイが尋ねれば、返ってきたのはロイが期待したのとは別のものだった。
「それじゃあどうしてマスタングさんはオレがここに来るのを拒まないんスか?」
 ハボックはそう言うと鍋の火を止めてロイを見る。そう聞かれてロイはほんの少し考えたが首を振って答えた。
「判らない」
 ロイがそう答えればハボックががっくりと肩を落とす。そのショボくれた様子に首を傾げるロイにハボックが言った。
「ちょっとは期待したんスけど」
「期待って、何をだ?」
 不思議そうに尋ねるロイをハボックはじっと見つめる。それから少しして答えとは違うことを言った。
「初めてアンタを見た時、なんて淋しい目をした人だろうって思ったんスよ。それと同時にアンタの目が笑うのを見てみたいなぁって」
 ハボックは目を細めてロイを見つめながら続ける。
「でも、どうしたらいいかなんて判んなかったし、オレが人より自慢出来るのってメシ作ることくらいしかなかったから。まあ、ちっとは正解だったかなって思ってるんスけど。だってアンタ、メシ食ってる時、すげぇ優しい顔してる」
 そう言われてロイは目を見開いた。見開く黒曜石を見つめてハボックは言う。
「アンタが好きっス。たぶん一目惚れだと思う。迷惑なら今すぐ叩き出して下さい」
 そう言って見つめてくる空色をロイはじっと見つめ返した。そうして自分の中にあるモヤモヤについて考えてみる。どうやらそのモヤモヤの原点にあるものがハボックに対する好意だと、ハボックの言葉で気づかされてロイは言った。
「どうやら私もお前が好きらしい、よく判らんが」
 そう告げればハボックが大きく目を見開く。うーん、と少し考えて答えた。
「それって喜んでいいんスよね?」
 ロイの言葉の後半で不安になったようだ。
「多分な」
 聞かれたロイがそう答えればハボックは益々不安そうになった。
「なんスか、それ」
「仕方ないだろう、よく判らんのだから」
「もう……」
 ロイの言葉にハボックがしゃがみ込む。ハアとため息をついてロイを見上げたハボックが言った。
「まあいいか。まだオレ達知り合ったばっかだし」
 ハボックはそう言って立ち上がる。
「来年も一緒にクリスマス過ごせたらいいっスね」
「気の長い話だな」
「それぐらいしたら判るようになるっしょ?」
「かもな」
 ロイの答えにハボックがやれやれとため息をつく。それでも笑みを浮かべて見つめてくる空色を、ロイは腕を伸ばしてそっと抱き締めた。


2010/12/30


「クリスマスで10のお題」ラスト「I wish…」です。一応「サンタさんのくれたもの」からの続きになってますが、クリスマスっていうより年末お題みたいになっちゃった。やはりどうしてもその時の時節に流されてしまう(苦笑)本当はカプ仕様で書きたかったんですが、流石に時間がありませんでした(苦)ともあれこれでクリスマスお題完結ということで!来年もまた楽しいお題があれば挑戦したいと思います。