9.うつしてもいいよ?


「はい、これでおしまい」
 ハボックは皿に残っていたリゾットを綺麗に寄せて掬うとロイの口元に差し出す。パクリと食べたロイは満足そうな吐息と共に言葉を吐き出した。
「ごちそうさま、旨かった」
 そう言えばハボックが嬉しそうに笑う。その笑顔にロイがドキドキしていることなどまるで気づかず、ハボックは皿をトレイに載せながら言った。
「よかった。ちゃんと食べられたっスね」
「……旨かったからな」
 ちょっと不貞腐れたようにロイはハボックから視線を逸らして言う。まだ紅いロイの横顔に手を伸ばしてハボックが言った。
「熱はまだあるみたいっスけど、この分なら下がってくるっスかね」
 「ッッ」
 触れてくるハボックの指先にロイがピクリと肩を跳ね上げればハボックが慌てて手を引っ込めた。
「ご、ごめんなさい」
「……いや、見てなかったから」
 食事の時には何ともなかったのになんだかまた急に意識し始めて、二人はもごもごと口ごもる。ハボックはトレイを引っ掴んで立ち上がるとひきつった笑顔を浮かべて言った。
「これ、片づけてきちゃうっスねっ!あ、なんか持ってきて欲しいものあります?」
「……水と氷」
「判りました、ちょっと待っててください!」
 ハボックは頷いてバタバタと寝室を出ていく。パタンと扉が閉まるとロイはハアと息を吐いた。
「……どうしたらいいんだ?」
 ロイがキスされた事を知っているとハボックはまだ気づいていないようだ。一体どうやって自分がキスされたと気づいていて、なおかつ同じ気持ちだと知らせればいいのだろう。
「さっきキスしただろうって言うのか?」
 だが、それでもし否定されたらその後どうすればいいのか判らない。万一ただの嫌がらせだとでも言われたら。
「……ショックで立ち直れんな」
 とはいえそんな不安を抱えながらも、やはりハボックも自分と同じ気持ちを持っていると期待する部分が大きい。
「目を開ければよかった……」
 キスされている時に目を開ければ、ハボックだって逃げも隠れもできないだろうからキスの理由を問いただせたのに。そう後悔したとき、ロイの頭にパッとある考えが浮かんだ。
「あ、そうか」
 だったらもう一度同じ事をすればいいではないか。
「よし、それなら寝たフリだっ」
 ロイはそう言ってギュッと目を閉じたのだった。


「大佐、水と氷、持ってきたっスよ」
 ガチャリと扉が開いて、声と共にハボックが戻ってくる。ミネラルウォーターのボトルやグラスを載せたトレイをテーブルに置きながらハボックはロイを呼んだ。
「大佐?」
 だが、答えが返ってこないと判るとハボックはロイの顔を覗き込む。どうやら眠ってしまったらしいと気づいてハボックはストンと椅子に腰を下ろした。
「……大佐、旨そうに食べてくれた」
 こんな場合とはいえロイが自分の作ったものを美味しいと言って食べてくれたのが嬉しい。増してやそれが病気のロイの元気の素になるかもと思えば、余計に嬉しかった。
「熱……早く下がるといいけど」
 食欲があるから安心はしたものの、ロイの顔はまだ随分と紅い。
「オレが代わりに風邪ひいてあげられればいいのに」
 ハボックは言って額に張り付く黒髪をそっとかき上げてやる。薄く開いた唇から熱い呼吸を繰り返すロイをじっと見つめていたハボックは、ロイに顔を寄せて囁いた。
「オレに大佐の風邪、ちょうだい?」
 風邪はうつせば治ると言うではないか。
「オレにうつしてもいいっスよ?」
 ハボックは囁いてそっと唇を合わせた。


10/12/13