8.フワフワしてる


「えと……あ、そうだ。腹減ってません?大したもんは出来ないっスけど作りますよ」
 なにを話していいのか、言葉が見つけられずに互いに見つめあっていたが、ハボックが漸く浮かんだ言葉を口にする。聞かれてロイは少し考えて答えた。
「よく判らん。それより喉が乾いた。なにか飲むものをくれるか?」
 正直頭が混乱していてなにがなんだか判らない。とりあえず最初に頭に浮かんだ『水』を貰ってから考えようとロイは言った。
「ああ、それならスポーツドリンクがあるっスよ」
 ハボックはベッドサイドのテーブルからスポーツドリンクのペットボトルとグラスを手に取る。グラスに注ぎ、ロイに手を貸して体を起こしてやるとコップを手渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
 ロイは受け取ったグラスを口につける。一口喉に流し込めば更に乾きが増した気がして、ロイはゴクゴクと一気にグラスの中身をあけてしまった。
「わ、平気っスか?あんまりいっぺんに取ると戻しちゃいますよ」
「平気だ。カラカラなんだ、もう一杯くれ」
「大丈夫ならいいっスけど」
 あまりに勢いのいい飲みっぷりにハボックが心配して言ったが、ロイは空になったグラスを差し出しておかわりを要求する。ハボックがスポーツドリンクを注ぐと、ロイはそれも一気に飲んでしまった。
「はあ……」
 ベッドに体を戻されて、ロイはホッと息を吐く。ハボックはタオルを絞ってロイの赤らんだ顔を拭いてやりながら言った。
「なにか食えそうなもん、作ってきますよ。冷蔵庫の中、勝手に漁りますけど」
「……食えるか判らないぞ」
「見れば食う気になるかもしれないっしょ?」
 ハボックはそう言って洗面器を手に寝室を出ていく。パタンと扉が閉まればロイは肺の中の空気を全部吐き出すようなため息をついた。やはりかなり緊張していたらしい、熱があるという理由からだけでなく、やけに疲れた気がしてロイは目を閉じた。
「ハボック……」
 名前を呼んでそっと唇に触れてみる。そうすれば先ほどのハボックの唇の感触が思い出されて、ロイは熱い吐息を零した。
 好かれていると思っていいのだろうか。男が男にキスするなんて、嫌がらせにしては度が過ぎている。
「自惚れるぞ……」
 ずっとずっと好きだったのだ。あんな事をされれば好かれていると思いたくなるのも当然だろう。
「ハボック……」
 名前を口にすればなんだかフワフワとするようだ。熱のせいなのか、それとも期待に胸を膨らませているからなのか、判らないままにロイがふぅと息を吐いた時、ガチャリという音と共に扉が開いてハボックが戻ってきた。
「すっげ手抜きっスけど」
 ハボックは言って手にしたトレイをテーブルに置く。トレイの上には卵のリゾットが旨そうな湯気を上げていた。
「食えそうっスか?」
「……たぶん」
 ロイは答えてベッドに身を起こす。ハボックが座りやすいようにとロイの背中にクッションを当て、椅子に座ってリゾットの皿を手に取った。
「はい、あーん」
「…………ちょっと待て」
 リゾットをスプーンで掬ってフウフウと息を吹きかけたかと思うとスプーンを差し出すハボックに、ロイが眉を寄せる。止められてキョトンとするハボックを睨んでロイが言った。
「どうして食べさせて貰わなくちゃならないんだ」
「病人だからっしょ?」
「子供じゃあるまいし、一人で食べられるッ!」
 ロイは喚いて「寄越せ」とハボックの手から皿を取り上げる。スプーンで掬ってフウッと息をかけるとパクリと口に放り込んだ。
「アッ、アツッッ!!」
 その途端、スプーンを投げ出して口元を押さえるロイにハボックは呆れたため息をついた。
「ほうら、言わんこっちゃない」
「あっ、熱ひじゃないかッ、わざとらろうッ!!」
 口に入れたものを吐き出すわけにもいかず、ロイがハフハフと熱い息を吐きながら責める。ハボックはやれやれとため息をついてロイの手からリゾットの皿を取り上げると、スプーンで掬ってフウフウと息を吹きかけた。
「はい、あーん」
「ッッ」
 そうやって出されればいらないとも言えない。ロイは紅い顔を益々まっかにしておずおずと口を開いた。スプーンの上のリゾットをもぐもぐと食べればハボックがロイの顔を覗き込む。
「どうっスか?」
「……旨い」
「よかった」
 素直に答えればパアッと顔を明るくするハボックを、ロイはなんだかフワフワする気持ちで見つめていたのだった。


2010/12/12