| 3.冷たい手のひら |
| 「さて、と」 と、受話器を置いてハボックは呟く。赤い顔でベッドに沈み込むロイを見て、小さくため息を零した。 「忙しかったもんなぁ、ずっと」 大きな事件がなかったから実働部隊のハボックは比較的余裕があった。だがロイはと言えばどこの部署も年内に嫌なことは終わらせてすっきり新年を迎えようと一斉に算段したかのように、山のような書類を回してくるわ、会議だ視察だとロイの所へこれでもかこれでもかと仕事を回してきたため、休む間もなく働かされる結果となっていたのだった。 「幾ら大佐でも限度があるよなぁ」 いざとなれば超人的な集中力を持つロイの事、ハボックには信じられないスピードで仕事を片づけていくが、それにしてもここ数週間の仕事量は半端ではなかった。 「寝る前に薬飲ませりゃよかった」 こんなに急速に悪化するとは自分の読みの甘さにハボックは舌打ちする。だが無理矢理起こして薬を飲ませるのも何だか可哀想な気がして、ハボックはとりあえず氷枕やタオルを用意する事にした。 「タオルは浴室にあるとして……氷枕なんてあるのかな」 飲んだ帰りにロイを送った後、アパートに帰るのが面倒で何度か泊めて貰った事はあるが、流石にそう細かいところまでは判らない。ハボックは少し考えてキッチンへ行くと、冷蔵庫から取り出した氷を洗面器に入れて寝室に運んだ。起きた時にすぐ飲めるようにと薬の他にスポーツドリンクも枕元に用意する。着たままだった上着を脱いで椅子の背に掛け、ベッドの側に引き寄せて腰を下ろした。 「うわ…燃えてるみてぇ」 触れた額はさっきより熱くなっている気がする。洗面器の氷水でタオルを絞ると、ハボックはロイの顔を拭いてやった。それからもう一度絞って額に載せてやる。タオルが温まるたび氷水で絞って載せてやっていると、少ししてロイが目を開けた。 「あ、大佐」 ぼんやりと宙を見つめるロイの顔を覗き込み、額にかかる髪をかき上げて名を呼ぶ。ハボックの声が聞こえているのかいないのか、ロイはハアとため息をついて呟いた。 「冷たい……」 「え?…ああ、手?」 ロイが言っているのがどうやら額に触れた己の手の事だと気づいてハボックが言う。 「氷水でタオル絞ったから」 そう言ったハボックの手を伸びてきたロイの手が掴んだ。 「大佐?」 何だろうとハボックが呼んだもののロイは答えない。どうするのか見ていれば、ロイは掴んだ手のひらを己の頬に押し当てた。 「気持ちいい……」 ホッと息を吐きながらロイが言う。氷水で絞ったからだけでなく、熱を持ったロイの頬にはハボックの手は随分と冷たく感じられるようだった。 「大佐、タオル絞りますよ」 とは言えやはり氷水で絞ったタオルの方が冷たくて気持ちいいだろうと、ハボックが言う。だが、ロイはハボックの手を掴んだまま離さなかった。 「大佐」 目を閉じて頬にハボックの手のひらを当てているロイをハボックがもう一度呼ぶ。そうすればロイがゆっくりと目を開けた。 「大佐、タオル絞るっスから」 ハボックは言って手を抜こうとする。だが抜こうとした手をロイは掴むと、徐に口元へ持っていった。 「え?」 なにをするのかと見ているハボックの視線の先でロイはハボックの指をかぷりと口に含む。 「ッッ?!ッッッ!!!」 「冷たい……」 突然の事に飛び上がるハボックに気づかずロイがホッとして言った。流石にハボックが強引に手を取り戻せばロイが不満そうな声を上げる。 「オっ、オレの手は氷じゃねぇっスッ!!氷はこっち!!」 ハボックはそう叫んで洗面器の中の氷を摘みロイの口に押し込む。冷たい氷に嬉しそうに笑ったロイは、フッと気がついてハボックを見た。 「ハボック…?お前、なにしてるんだ?」 「ア、アンタね……」 どうやら氷の冷たさに一瞬意識がはっきりしたらしい。だが、思いもしなかったロイの行動にハボックがドキドキと心臓を跳ね上げている間に、ロイは再びウトウトと眠りの中に戻ってしまったのだった。 2010/12/07 |