2.38.5度


 玄関先に立ってハボックを待っていればピュウウウと音を立てて寒風が吹き付けてくる。
「……着てきてよかった」
 ロイが嗄れた声でそう呟いてコートの襟元を掻き合わせた時、目の前に軍用車が停まってハボックが降りてきた。
「お待たせしました、大佐!」
「ああ」
 車をぐるりと回ってハボックが開けた扉からロイは体を滑り込ませる。ロイが乗ったのを確かめてハボックは扉を閉めると、再びぐるりと車を回って運転席に腰を下ろした。
「出しますよ」
 ハボックは一言言ってアクセルを踏み込む。車はゆっくりと走り出し司令部の敷地を出てまだ夕暮れには間のある街を走り出した。ハボックはハンドルを握りながらミラー越しにロイを見る。いつもならなにかしら話しかけてくるロイが、コートの襟を掻き合わせたままぼんやりと座っているのを見て、ハボックは眉を顰めた。
「大佐、大丈夫っスか?」
 風邪っぴきで早退するのだ、大丈夫な筈がない。それでもついそう尋ねてしまったハボックにロイが答えた。
「寒い……」
「え?コート着てても?」
 車のヒーターはつけたばかりでまだ車内はさほど暖まってはいない。それでも冷たい風は遮られているしコートも着ていればさほど寒い筈はなかった。
「ゾクゾクする」
 そう呟いたと思うとロイはコテンとシートに横になってしまう。倒れたせいで顔がミラーに映らなくなり、ハボックは慌てて肩越しにロイを見た。
「ちょっ……大佐っ?!」
 声をかけるがロイからは返事がない。
「熱あんじゃねぇの?」
 ハボックはそう呟いてハンドルを握り直すと、出来るだけ急いでロイの自宅へと向かった。

「大佐?着いたっスけど……」
 後部座席の扉を開いてハボックは横になったロイの腕を軽く揺する。そうすれば目を開いてゆっくりと体を起こすロイに、ハボックはほっと息をついて言った
「立てます?」
 尋ねた言葉にロイが微かに頷く。ハボックはロイの肩を抱きかかえるようにして玄関に向かうと、ポケットから預かっていたキーを取り出し扉を開けてロイを中へ押し込んだ。人のいない家はひんやりと冷えきっている。ハボックはロイをリビングまで連れていきとりあえずソファーに座らせて言った。
「寝室見てきますからちょっとここで待ってて下さい」
 ハボックは暖房のスイッチを入れてそう言うとリビングを出ていく。少しして戻ってくると、ぼんやりとソファーに座っているロイに近づきながら言った。
「お待たせ、もういいっスよ、大佐」
 そう声をかけるがロイはぼんやりと俯いたまま動かない。ハボックがロイの額に手をやればそこは随分と熱かった。
「やっぱり……、大佐、もう少し頑張って」
 ロイの脇に手を入れハボックはロイを立たせる。ロイはトロンとした目つきでハボックを見て言った。
「寒い、ハボック」
「熱、出てきてるんスよ。ベッドの用意してきたっスから寝室に行きましょ」
 ハボックは言ってロイを支えて歩き出す。ゆっくりゆっくり歩いて二階の寝室までやっとのことでたどり着くと、ハボックはロイをベッドに腰掛けさせた。
「服、脱がしますよ」
 ハボックはロイのコートを脱がせ、軍靴から足を抜くと軍服をはぎ取る。パジャマのシャツを着せ、座った足からズボンを通すとロイの体を肩に載せるようにして抱え上げ、腰まで引き上げた。
「大佐」
 一言声をかけてからハボックはロイの体をベッドに横たえてやる。ガタガタと棚の中を探してみつけた救急箱の中から体温計を取り出してロイに咥えさせた。体温を測る間に脱がせた軍服をクローゼットにかけ軍靴を隅に寄せる。ピピピと電子音が鳴ったのを聞いてロイの口から体温計を取ったハボックはその数字を見て顔を顰めた。
「38.5度……一気にあがった感じだな」
 司令部を出るまではここまで酷くはなかった。そう考えればあそこで帰ってきたのはギリギリのタイミングで、その点ではホークアイの判断は正しかったのだろう。
「流石において帰るわけにいかないよなぁ」
 ハボックはそう呟いてベッドのすぐ脇に置いてある電話を取る。番号を回してコードを告げれば、少ししてホークアイの声が受話器から聞こえてきた。
「中尉?ハボックっスけど」
 ハボックは熱にうなされるロイの顔を見ながら、今日はこのままロイの面倒を見させてくれとホークアイに告げたのだった。


2010/12/06