1.声変わり


「あーあ、タイクツ……」
 咥え煙草に頬杖をついて、やる気のなさを全身にまとったハボックが煙と一緒に言葉を吐き出す。ぱらぱらと見もしない書類をめくっていたが、煙草を灰皿に押しつけるとぺしょんと机に懐いた。
「電話も鳴りゃしねぇ……」
 今日ロイは終日会議で不在だ。ホークアイもロイについて会議に出ている。ブレダはセントラルに出張中。ファルマンはロイに頼まれた資料を作成するために資料室にこもっているし、フュリーは何やら機器の不具合とかで助っ人にかり出されてハボックは話し相手もないままに暇を持て余しているのだった。
「こんな事なら演習でもいれりゃよかった」
 ここのところ大した事件もなかったから演習も日々滞りなく進み、ノルマどころかこれまでやりたくても時間がなくて出来なかった訓練までガッツリこなせる程だ。流石に隊員たちが根をあげて今日は休みとなったわけだが、こんなに暇なら演習の一つや二つ組んでおけばよかったと、ハボックは顎を机に載っけてそう思った。
「射撃訓練でも行ってくっかなぁ……」
 ハボックがそう呟いた時。
「ハボック」
 ガチャリと司令室の扉が開くと同時にしわがれた声がする。馴れ馴れしく呼んでくる奴は一体誰だと体を起こして扉の方を見たハボックは、司令室に入ってくるロイの姿に目を丸くした。
「……え?大佐?」
 ロイは夕方までずっと会議でその足で会食に行く予定の筈だ。そもそも今の変に耳障りな声は誰のものだろうとハボックが首を傾げていれば、ロイが口を開いた。
「ハボック、悪いが車を頼む」
「ッッ?!たいさっ?!どうしたんスか、その声!!」
 いつもの甘いテノールが信じられないような嗄(しわが)れ声にハボックが目を丸くする。ロイはニヤリと笑って答えた。
「渋い声だろう?」
「渋いっつうか……変なジイさんっスよ」
 あまりの声の変わりように思わずハボックがそう言えばロイが嫌そうに眉を寄せる。
「失礼だな、せっかく上手く声変わりしたのに」
 ムスッとしてそう言うロイを半ば呆れて見たハボックは、ロイの後から入ってきたホークアイに尋ねるような視線を向けた。
「風邪のようなの。悪いけど家まで送って貰えるかしら、少尉」
 困ったように言うホークアイに頷いてハボックは慌てて立ち上がる。広げていた書類を抽斗に突っ込んで、ハボックはロイに言った。
「すぐ車回しますから!玄関で待っててください、大佐!」
 そう言って司令室を飛び出しかけて、ハボックは扉に手をかけて立ち止まる。
「ちゃんとコート着てきてくださいよッ!」
 それだけ叫んで今度こそ司令室を飛び出していくハボックにロイは思い切り眉を寄せた。
「煩い奴だな、……ッッ」
 ボソッと(しゃが)れた声で呟いた次の瞬間ゴホゴホと激しく咳き込む。そうすれば目の前に差し出されたコートに、ロイは嫌そうにホークアイを見た。
「着ていってください。暖かくして、早く治して頂かないと困ります」
「……判ってる」
 会議も会食も溜まってる書類も全部キャンセルだ。その皺寄せが全部目の前の副官に行くと思えば、流石に文句も言えなかった。
「お大事になさってください」
「ああ……よろしく頼むよ」
 ロイはコートに腕を通しながら答えると、ゲホゲホと咳き込みながら玄関へと向かった。


2010/12/05