10.朝目が覚めたら


「ん……」
 そっと唇をあわせてロイの熱い吐息を飲み込む。舌先で薄色の唇を幾度も舐めて、ハボックは唇を離した。
「……オレって卑怯だなぁ」
 こんな風に唇を奪って、密かに喜んでいるなんて。せめて風邪でも引き受けないことにはロイに申し訳が立たない。もっともそんな風に考えること自体キスになんとか正当性を持たせようとしているようで、益々卑怯だと思わざるを得なかった。
「大佐……」
 呼んでロイの顔をじっと見つめる。このままこうしていたらもっと卑怯な事をしてしまいそうで、ハボックは慌ててロイから離れようとした。その時。
「ハボック……」
 微かに呼ぶ声がしたと思うと伸びてきたロイの腕がするりとハボックの首に巻き付く。グイと引き寄せられて、ハボックはロイの上に倒れ込んでしまった。
「な……ッ、大佐ッ?!」
 もしかして起きていたのかと、ハボックは慌ててロイの腕から逃れようとする。だが、しっかりと巻き付いた腕は意外と力が強く、ベッドに倒れ込むような体勢になってしまったハボックは簡単にロイの腕から抜け出せなかった。
「ちょ……離してくださいっ、大佐ッ!」
 慌ててそう言いながらハボックはもがく。だが、引き寄せられたロイの唇から零れるのが寝息だと気づいて、ハボックはもがくのをやめた。
「え……?うそ、寝てんの……?」
 ハボックの問いかけにも返ってくるのは寝息ばかりだ。ハボックは強張らせていた体から力を抜くと、ロイのすぐ脇に倒れ込んだ。
「なんだよ、もう……」
 てっきりキスしたのがバレたのかと思った。バレた上で引き寄せられたのかと一瞬期待してしまったのだが。
「……なわけ、ないか」
 キスしたのがバレたなら、きっとソッコー燃やされるに違いない。ロイに引き寄せられたままハボックはため息をついてじっとロイの寝顔を見つめていたのだった。


 小さなため息と共に微かな煙草の匂いがする。ロイはうっすらと目を開けて目の前の金髪をぼんやりと見つめた。
(あれ……?ハボック……?)
 一瞬今の状況が飲み込めない。暫くぼんやりと金色の髪を見つめていたロイだったが、次の瞬間ハッと目を見開いた。
(寝てた?嘘だろうッ?!)
 ハボックにもう一度キスして貰おうと寝たフリをしたつもりだった。だが、体調が悪かったせいだろう、目を閉じた途端眠ってしまったらしい。どうやらまたタイミングを逸してしまったようだとロイはがっかりとため息を漏らした。
(でも、これはどう言うことだろう)
 ベッドに半身を預けるようにしてハボックは微睡んでいる。どうも抱きついたのは自分からのようだが、状況が飲み込めずにハボックの顔を見つめていれば金色の睫が揺れて空色の瞳が覗いた。
「ハボック」
 そう呼びかければハボックがぼんやりとロイを見つめる。次の瞬間ハッとして飛び置きようとするハボックを、ロイは咄嗟に腕を伸ばして引き留めた。
「たいさっ?」
 顔を赤らめて逃げようとするハボックをロイはギュッと抱き締める。今手を離してしまえばもう二度と言うことは出来ないだろうと、ロイはハボックを離そうとはしなかった。
「大佐っ、あの…っ、離してくださ───」
「ハボック」
 何とか逃げ出そうともがくハボックをロイは強い調子で呼ぶ。目を見開いて見つめてくる空色をロイはじっと見つめて言った。
「頼むから、今夜はこのままでいてくれないか?」
「たいさ……?」
「話したい事があるんだ」
 そう言って真っ直ぐに見つめてくる黒い瞳にハボックは息を飲む。ゴクリと唾を飲み込んで尋ねた。
「話したい事って……なんスか?」
「えっ、えっと…ッ」
 話したい事があると言ったもののいざ言おうとすれば喉がカラカラに乾いて言葉が出てこない。ロイは何度も唾を飲み込むとやっとの事で言った。
「明日朝目が覚めたら…ッ」
「え?」
「明日朝目が覚めたら言う。お前も私に言いたい事があるだろう?だからお前も明日の朝になったら言ってくれないか?」
 それだけ言うだけでも顔が真っ赤になってしまう。それでも目を逸らさずに言えば、驚いた様に見開かれていたハボックの瞳が笑みに解けた。
「判りました。大佐が言いたいこと、明日の朝目が覚めたら聞かせてください。オレも…オレもちゃんというっスから」
 そう言って抱き締めてくる空色に。
「ああ、必ず」
 ロイは笑って頷くとハボックをギュッと抱き締め返したのだった。


2010/12/14