| 7.街路灯の下で |
| アパートに向かって歩いていたハボックは不意に足を止めて立ち止まる。踵(きびす)を返すと今来た道を辿って途中の角を曲がって歩き続けた。 (大佐んとこ行ってどうするつもりだろう、オレってば) そう思いながらもロイの家に向かう足を止められなかった。行ったところでロイはまだ残業で戻っていないかもしれない。帰ってきても疲れているからとすげなく扉を閉められてしまうかもしれない。ロイの家に行くより司令部に行った方が早いかもしれない。そんな考えが次から次へと浮かんでは消えていった。それでもハボックはロイの家へと歩き続ける。歩調が段々と速まり最後には駆け足になった。夜の街を走り抜けてハボックは大きな邸宅が居並ぶ界隈へとやってくる。その中でも一際どっしりとした造りの家までくると漸く足を止めた。だが、見上げた木々の間から見える家の窓には灯りが零れてくるものは一つもなかった。 「まだ帰ってねぇんだ……」 ハボックは昏く沈む屋敷を見上げて呟く。なんだか急に笑いがこみ上げてきてハボックはクスクスと笑った。 「馬鹿みてぇ、オレ」 もしこれでロイが家にいたら、きっとそれはそれで傷ついたに違いない。ずっとずっと待ち続けていた自分との温度差を感じてきっと酷く傷ついたに違いないのに。 「会いた過ぎてまともな考え方が出来なくなってるんだ」 それほどに飢えきっているのかと思うと自分が少し哀れでもある。 「会いたいなぁ、大佐……」 俯いてハボックがそう呟いた時。 「だったらなんで後少し待てないんだ」 不機嫌な声が聞こえてハボックは弾かれたように顔を上げる。そうすれば街路灯の下、こちらを睨んで立っているロイの姿が目に飛び込んできた。 「戻ってきてない」 ロイはハボックのアパートを見上げて呟く。交差点で見失ったハボックの姿を探していたロイだったが、闇雲に探すよりアパートを訪ねた方が確実だろうと急いでやってきたものの、どうにも今夜、アメストリスの女神は二人を会わせる気がないらしくアパートの灯りは落ちたままだった。 「くそ……」 ハボックが行きそうな店をあたる事も考えたが、もしハボックが誰かと楽しげに飲んでいるところにでも出くわしてしまったらと考えたら、どうにもそうすることが出来なかった。 ロイは一つため息をついて家に向かって歩き出す。次に時間がとれるのはいつだろうと考えたロイは、これから年末に向かって会食やらパーティやらとスケジュールがどんどん過密になっていたことを思い出してうんざりと顔を顰めた。よくよく考えれば、今夜が唯一時間を作れるタイミングだったのだと気づく。現に今自分は仕事を終えて家に向かっているが、ここ最近の常なら今頃はまだ仕事か会食の真っ最中だったろう。 「馬鹿だな、まったく」 そもそも朝、ハボックとああして言葉を交わすことが出来たのも実に久しぶりのことで、せっかく会える機会を作ってやったのにと女神がヘソを曲げてしまうのも仕方のないことだろう。この分ではクリスマスもニューイヤーもないかもしれない。ロイががっかりとため息をついた時、街路灯の下、ハボックの金色の髪が輝いているのが見えてロイは目を見開いて足を止めた。 ハボックはロイの家をじっと見上げていたが、がっかりとため息をつく。馬鹿みてぇと自嘲気味の笑い声を零したハボックが「会いたい」と呟くのを聞いた時、ロイはカチンときて思わず口走っていた。 「だったらなんで後少し待てないんだ」 そうすればハボックが弾かれたように顔を上げた。子供のように無防備な空色が見開かれるのを見た瞬間、ロイの中にハボックへの愛しさが溢れる。数メートルの距離を駆け寄ってあっと言う間に縮めると、ロイはハボックの襟首を掴んでグイと引き寄せた。 「犬のくせに“待て”が出来なくてどうする。待つのは得意だと言ったのはお前だろう?」 「大佐」 「……待たせて悪かったな」 そう囁けばハボックがクシャリと顔を歪める。どちらともなく顔を近づけると、街路灯の光の下、二人は唇を合わせた。 2010/12/01 |