5.バニラアイス


「オレって諦めわりぃ…」
 ハボックはマフラーの中でそう呟く。あと五分、あと五分と思い続けて結局一時間近くもたってしまった。九時を過ぎて広場の中は人影もまばらだ。マフラーの中でため息をつけば頬がしっとりと濡れたが、今度はそれを拭いはしなかった。
 すぐそこにいながら触れるどころか顔を見ることすらままならない日々が続いて、ハボックはすっかりロイに飢えてしまった。ほんの少し、一瞬でもいいからロイに触れる事が出来たらこの渇きも癒されるのにと約束を取り付けたのだったが。
「仕方ねぇよな、相手は大佐だもん」
 自分が抱いている感情と同じものを期待するのは無理だろう。彼には彼の目指すものがあり、その前では色恋など取るに足らぬものだ。本当は恋愛感情など抜きで彼の側にいられたらと思うが、一度手にしてしまった温もりは簡単に手放せないのも判っていた。
「明日はコーヒーぐらい淹れてあげられたらいいな」
 ため息混じりにそう呟いて、もう一度時計を覗いたハボックはギュッと目を閉じる。閉じた目を開くとゆっくりと歩き出した。寒空の下長いこと立ち続けていた体は芯まで凍えて凝り固まってしまっている。最初の数歩は関節がギシギシ言って歩き方もどこかぎこちなかったが、広場を出る頃には普段通りの歩調になった。少しでも寒さを感じないようにとマフラーに顔を埋め、ポケットに手を突っ込んで背を丸めて歩く。だがそうしたところでこの寒さが内側からくるものである限り、防ぎようがなかった。
 広場を出て通り沿いにアパートに向かって歩き出す。一瞬ロイの声が聞こえたような気がして顔を上げたが、自分の願望の強さに自嘲気味の笑みを浮かべて再び顔をマフラーに埋めた。
 通り沿いの店からは暖かい灯りが零れている。チラリと視線をやれば窓越しに仲のよいカップルが互いにバニラアイスを食べさせ合うのが見えて、ハボックは慌てて目を逸らした。
「この寒いのに馬っ鹿じゃねぇの」
 こんなに寒い時にバニラアイスなんて食べたら凍えてしまうのに、なんて馬鹿な連中だろう。そう心の中で嘲りながら彼らが身も心も暖かく満たされていることをハボックは知っている。バニラアイスは彼らの舌先で甘く溶けだすことだろう。
 ハボックは益々顔をマフラーに埋めると逃げるように店の前から離れたのだった。


2010/11/29