4.交差点


「……結構です、ではこれで───ッ!大佐っ?!」
「すまん、中尉!また明日っ!」
 最後の書類をチェックしたホークアイがしまいまで言い終わるのを待つのももどかしく、ロイは上着を引っ掴むと副官を突き飛ばすようにして執務室を飛び出す。チラリと見た司令室の時計は九時をとっくに回っており、ロイは思い切り舌打ちした。
「まさかこんなに時間がかかるとは……ッ」
 正に仕事を終えて出ようとした矢先に持ち込まれた大量の書類を、ロイはもの凄い勢いで片っ端から片づけていった。途中不備のあるものは叩き返し現在処理出来るものだけに目を通したものの、生半可な量でない書類はたとえロイでも短時間に処理出来るものではなかった。
「どこのどいつか知らないが、絶対シメ上げてやる……ッ」
 よりによってこんな日に大量の書類を回してきた相手にロイは本気で殺意を覚える。司令部の建物を飛び出したロイは、吹いてきた冷たい風に慌てて手にしたコートを羽織った。
「寒い」
 コートの前を止める間も惜しんで走れば寒風が身に凍みる。ロイはこんな寒空の下ハボックを待たせているのかと思うと申し訳ない気持ちで胸が痛くなった。
(どこか喫茶店にでもすればよかった)
 残業になるかもと言ったくせに待ち合わせの場所を外にするなんて。喫茶店であれば遅れるという連絡も、最悪今日は無理だという断りも入れることが出来たのに、幾らハボックから「駅前広場で」と言い出したとはいえ、己の配慮の足りなさにロイは唇を噛んだ。
「寒いなぁ、ちょっと外にいただけなのにすっかり冷えちゃったよ」
「だから一緒に見てって言ったじゃない」
「でも、女の子の売場って恥ずかしいじゃん」
 すれ違いざま腕を組んで歩くカップルの声が耳に飛び込んでくる。寒いを連発する彼に温もりを分けるように寄り添う女の子の背を見送って、ロイは足を止めた。
(幾らハボックでももういないんじゃないか?)
 約束の時間は七時だ。もう二時間以上たっている。ハボックはいつも待ち合わせの時間より早くに来るから実際にはもっと待たせているだろう。
『オレ、待つのは得意っスから』
 時間通りにはいけないかもと匂わせればそう言ったハボックの言葉が思い浮かぶ。だが、幾ら得意と言いはしても、この寒空の下二時間以上も待っているとは思えなかった。
「行っても仕方ない、か……」
 行ったところでハボックはもう帰ってしまった後だろう。そう思えばドッと疲れが出て、ロイは深いため息をついた。
「帰るかな」
 悪いのは自分なのだから仕方ない。それでも家に向かって歩き出せば風が一層冷たく感じられた。
(帰ったらゆっくり熱い風呂に浸かってブランデーでも飲もう)
 そうすればこの寒さも感じなくなるに違いない。
 そう考えながら俯いて歩いていたロイだったが不意に足を止める。
『オレ、待つのは得意っスから』
 その途端ハボックの声が蘇って、ロイは俯いていた顔を上げた。
(いなかったらその時は帰ればいいじゃないか)
 それに本当はこの寒さを凌ぐには風呂やブランデーじゃダメなことも良く判っていた。ロイはグッと手を握り締めて広場への道を再び走り出す。少しでも早くと全速力で走れば、こういう時に限って間の悪いもので過ぎる交差点、交差点、どれもこれも赤信号ばかりだった。
「くそっ、間の悪いッ!!」
 夜だというのに存外に車が多く流れが途切れない。無理に渡る訳にも行かず、ロイは苛々と足を踏み鳴らした。
「早く青になれッ!」
 こうしている間にハボックが帰ってしまうかもしれない。 そう思えば益々苛立って、ロイはいっそ錬金術で信号を吹っ飛ばしてしまおうかと思った。漸く広場が見えるところまで来たものの、何度目かの赤信号をロイは口汚く罵る。早く変われと苛々しながら待っていれば、交差点を行き交う車の向こうに広場から出てくる背の高い姿が見えた。
「ッ!!ハボック!!」
 ポケットに手を突っ込みマフラーに顔を埋めて、ハボックは背を丸めて歩いていく。呼ぶ声に瞬間顔を揚げて辺りを見回したものの、再びマフラーに顔を埋めてしまった。交差点を挟んで立つロイに気づかず歩いていくハボックの姿を目で追っていたロイは、信号が変わるや否や道路に飛び出していった。


2010/11/28