| 3.あと5分 |
| 「八時三十分」 ハボックは腕時計を見てそう呟く。腕をだらんと垂らして小さくため息をついた。 「やっぱ残業になっちゃったのかな……」 七時半頃までは思ったより会議が延びたのかとも考えていたが流石にこの時間までやっているとは思えない。事件であれば誰かを寄越すであろうから、某かの仕事が入って残業になってしまったのだろう。 「さむ……」 ハボックはため息と共に言葉を吐き出す。吐き出された言葉は白い霧になって夜空へと上っていった。小さく身震いしてハボックは開けっ放しにしていたジャンパーの前を留める。マフラーの中に鼻先を突っ込んでそっと目を閉じた。 『今日?……判らんな、夕方まで会議が立て込んでるし、残業になるかもしれん』 『でも、会食の予定はないっしょ?』 『残業はなくても定時には上がれないだろうし』 『オレ、待つのは平気っスから』 目を閉じれば今朝のロイとのやり取りが思い浮かぶ。ほんの少し眉を寄せるロイに『待っている』と強引に約束を取り付けたのは自分だ。最悪約束をすっぽかされたとしても文句を言える立場ではなかった。 「ごめん、待った?」 「遅いっ!十分も待ってたんだから!」 すぐ側で聞こえた声に目を開けてちらりと見ると、可愛らしい女の子が頬を膨らませて文句を言っている。それでも彼氏と思しき男が頭を掻きながら謝れば、彼女はすぐに機嫌をなおして男の腕に己のそれを絡め、二人は仲睦まじく寄り添って去っていった。 「…………」 喫茶店かどこか電話のあるところであれば連絡の取りようもあっただろう。だが、敢えて司令部を出てしまえばすぐには連絡出来ない場所を選んだのは、そうすればロイがなんとしても来てくれるだろうと、どこかでそう思っていたに違いなかった。 「仕事、してんのかな」 少しは待っている自分のことを気にしてくれているだろうか。それとも仕事に追われて思い出す余裕もないだろうか。マフラーの中でため息を漏らせば湿った空気が頬にまとわりつく。なんだかそれが涙のように感じられて、ハボックはマフラーをグイと押し下げると手の甲で乱暴に頬を拭った。 「待つのは平気って言ったじゃん」 それでも寒い夜に愛しい相手の温もりを感じられないのは淋しくてたまらなくて。 「あと五分……あと五分だけ待ってみよう」 それでも駄目なら今夜は自棄酒でも飲んで寝てしまえばいい。 ハボックはそう呟いて広場の入口をじっと見つめていたのだった。 2010/11/27 |