2.残業


「まったくなにをぐちゃぐちゃと」
 司令部の廊下を靴音も荒く歩きながらロイはそう吐き捨てる。責任の押しつけ合いと自己主張ばかりで相手の意見を聞こうとしないくだらぬ会議は実りがないばかりか時間の無駄でしかなく、キレたロイが半ば強引に切り上げてしまったのだった。
「お帰りなさい、時間かかりましたね」
 司令室の扉を開ければ部下の少尉がそう声をかけてくる。既に主のいないもう一人の少尉の席をチラリと見ながらロイは答えた。
「まったく聞き分けのないジジイばかりで苛々する」
 整った顔立ちに似合わぬ口汚い物言いにブレダが苦笑して言った。
「そんな事言って聞こえたら大変ですよ?」
「どうせ出来る事と言ったら精々嫌がらせに書類を山ほど回してくるくらいだろう」
 ロイはフンと鼻を鳴らして言うと司令室を横切り執務室へと入る。中に入った途端目に飛び込んできた書類の山に顔をしかめたが、敢えて無視して椅子に腰を下ろした。
「ジジイどものせいで遅くなった」
 壁の時計を見上げて、ロイは忌々しげに呟く。時計の針がもう間もなく七時を指そうとしているのを見れば、ロイの眉間の皺が益々深くなった。
 今夜はハボックと約束がある。この一ヶ月、互いに多忙を極めて同じ司令部内にいても話すどころか顔を見る時間もなかったから、ハボックが今夜会いたいと言ってきた時は正直嬉しかった。それでも忙しい事には変わりはなかったから残業になるかもと一言言っておいたが、この分なら少しの遅刻で済みそうでロイはホッと胸を撫で下ろす。
「急がなくては」
 机の上の書類の山は明日で構わないだろう。都合のいいようにそう判断して、ロイが広げたままの書類を引き出しに突っ込み、席を立とうとした時。
「失礼します、大佐」
 ノックの音と共に聞こえてきた副官の声にロイはピクリと眉を跳ね上げる。嫌な予感を感じながらも返事をすれば、入ってきたホークアイが言った。
「大佐、申し訳しないのですが急ぎの書類が回ってきましたので目を通して頂けますか?」
「……もう帰るところなんだがな、中尉」
「申し訳ありませんがよろしくお願いします」
 ホークアイはちっともそう思っているとは思えぬ口調で言って、机の上にドサリと書類の山を置く。その量の多さにロイが目を剥いてホークアイを見上げれば、鳶色の瞳が気の毒そうな光を浮かべて言った。
「どうもどこかで止まっていたようで」
 それでも勘弁してくれる気はないらしく、ホークアイはできた頃を見計らって取りにくると言いおいて出ていってしまう。
「……さっきの仕返しか?」
 図らずもブレダに言ったことが現実になったような展開に、ロイは低く呻いたのだった。


2010/11/26